第4話

「どうしたの」


 黙り込んだ知花の顔を、秋穂さんが後ろから覗き込んだ。その髪と服が動きに合わせて揺れるのを、見なくても知っていた。知花は首を横に振った。半渇きの髪が、知花の体を冷やす。返事はしない。夏、知花の部屋着はキャミソールとショート丈のパンツだ。知花はいま、上の下着もつけず、すねた子供のように床に膝を抱えて座りこんでいた。それが許されることを、知花は知っていた。


「風邪をひくよ」

「ひかない」


 冷え性の秋穂さんは、カーディガンやストールなど、いつも何かを羽織っている。大振りなそれが、動く度に金魚の尾ひれのようにひらひら揺れる。秋穂さんが、知花の髪を掬い上げた。ドライヤーのプラグを、コンセントに差し込む音が聞こえた。痛いくらいの熱風が、知花のむき出しの肌に当たる。


「秋穂さん、熱いよ」

「服を着なさい」


 知花は熱から逃れる様に、首を振ってぐずる。怒っている風を装っていたが、声は甘えた響きをもっていた。けれど痛みも本当だった。秋穂さんは、くつくつと笑っていた。とても穏やかで、些細な不機嫌も意に介さない様子だった。知花は、熱に涙がにじんだ。


「あなたはわたしなの」

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