エピローグ

 海沿いの村で、大きな魚を捕らえ、両手で抱えて走る。


「見ろ、プッパ! 大物だ!」

「お、やるじゃねぇか!」


 プッパは嬉しそうに、俺の頭を乱暴に撫でる。

 あれから1年。俺はブレイカーをやめ、プッパと共に、彼の故郷の村に身を寄せていた。

 今では漁師の真似事をして生活している。いつ死ぬか分からないが、それならばここがいいと思えたからだ。


 エスティはここにいない。なにか考えがあるらしく、袂を別っていた。


 美しい海。優しい人々。穏やかな生活。

 やり残したことはあったが、そのために立ち上がる力は無い。老後のような余生こそが、俺の望んだ全てだった。

 海へ沈む太陽を眺めていると、隣へプッパが座る。


「今日もいい日だったな」

「あぁ、本当に」


 プッパはなにも言わない。俺の意思を尊重してくれたのか、命を繋ぐために足掻こうとも言わなかった。

 この選択が正しかったかは分からない。ただ、見ないフリをして生きていくのは普通のことで、悪くはないはずだと言い聞かせてもいた。


 太陽が半分ほど見えなくなったところで、後ろで誰かが足を止める。

 顔を向けると、そこにはエスティの姿があった。


「久しぶりだな」

「これを飲みなさい。マズくても飲み干しなさい」


 突然、訳の分からないことを言われた。だがまぁ、今さら疑うようなこともない。

 エスティへ言われた通りに、酢をさらにキツくしたような、吐き出したいもの飲み干す。


「それで、これはなんだ?」

「寿命が1年延びる霊薬よ」


 目を瞬かせる俺の前に、エスティは大量の紙束を置く。

 そこに記載されているのは、嘘か本当かも分からない、寿命が延びるという薬や食べ物、術式などだった。


「これは……」

「今、サードの寿命を1年延ばした。つまり、あなたの1年はわたしのものとも言えるわ」


 無茶苦茶な理論を伝えるエスティの体はボロボロだ。

 俺が終わったと思って過ごしていた1年で、彼女がなにをしていたかを理解する。


「行きましょう、サード。まだあなたの人生はこれからよ」


 言葉に詰まっていると、プッパがニヤリと笑う。


「喜べ、サード。


 いつか告げた言葉は意趣返しのつもりだろうか。

 エスティは俺を救う方法を探していた。プッパは俺を支えるために残った。


 2人とも俺のために動いてくれていたことを理解し、体がブルリと震える。

 強く、エスティが言う。


「1人じゃ超えられなくても、仲間がいれば限界も超えられるんでしょ?」

「それは、オレが言われたやつじゃねぇか?」

「前に、酔っぱらいながら嬉しそうに語っていたわよ」

「嬉しそうにはしてねぇ!」


 ギャーギャーとうるさい2人に手を引かれ、背を押される。

 立ち上がれば、足も軽やかに動き出した。


「もう十分に休んだだろ?」とプッパは言う。

「行きましょうよ」とエスティが言う。

 まだ終わっていないのだと、俺も強く頷いた。


「因縁に蹴りをつけぬままなのは、やはり気分が悪いものだな。寿命を延ばすついでに、冒涜のダンジョン《シャルム》でも踏破するとしようか」


 決意が固まり、2人と共にまた歩き出す。


 不死の呪いは解いた。ゼクス・シャルムの旅は終わった。

 次は、サード・ブラートとしての人生を始めようと、俺はまた進みだす。

 この、お人好しな2人と共に。


 完

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不死の王子、呪いを解く旅に出る 黒井へいほ @heiho

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