37話 旅の終わり
《エヴァンジル》13階層。
進み、休み、進み、休む。
それを繰り返して数日。
俺たちの目の前には、今までとはまるで違う、神殿のような階層が広がっていた。
透き通るような空気でもなく、重苦しい空気でもない。
「不思議な場所だ」
何も感じない。喜びも、悲しみも。
ここは、何もない場所だった。
俺たちは初めての感覚を味わいながら、立ち並ぶ石柱の先へ進む。辿り着いた先には祭壇。
そして、それはそこにいた。
ただの白い光を放つ球体。人でもモンスターでもないそれは、俺たちに語り掛けて来た。
「よく来たなぁ、《エヴァンジル》最初の踏破者さんたち」
その言葉に2人は喜び勇んでいたが、俺は背筋に冷たいものが走った。
なにかがおかしいと思ったことはあった。だが、そんなはずはないと見ないフリをしていた。
今、それが目の前にいる明らかな上位存在から伝えられたことにより、心臓が早鐘を打つ。
「まさか、本当にやれるとはな」
「でも、わたしたちが諦めなかったからこそよ」
さぁ願いをと、2人は俺を見る。
胸元を握り締めながら、上位存在へ問う。
「いくつか、質問をしてもいいだろうか」
「願いとは別にってことか? いいぜ、答えられることは答えてやるよ」
「まず、モンスターが出現しなかったのは、あなたの力だろうか」
ここまでの数日、1度も襲われなかったことには違和感がある。それは2人も同じ意見だったこともあり、緩んでいた顔が僅かに引き締まっていた。
「まぁ、そりゃな。水を差すのもあれだし、空気を読んだってわけだ。途中でモンスターに襲われて死にました、じゃ面白くないだろ?」
活発な少年のような軽い口調で、予想通りの答えが告げられる。
今の質問で分かったことは、それだけの力がこの存在にはあるということ。俺たちは、この存在の気紛れで辿り着けたということに他ならない。
「あなたは、神なのだろうか」
「お前らの言葉で定義したら、それが一番近いかもな」
「では、神に問いたい。……《エヴァンジル》を踏破したのは、本当に俺たちが最初なのか?」
クツクツと神らしきものは笑う。全てお見通しだと言わんばかりに。
「あぁ、そうだ。間違いなくお前らが最初の踏破者だ」
自分の持っていた情報が間違っていた? あの日記は嘘だった? それとも、神らしきものが嘘をついている?
何を信じればいいかが分からない。世界が揺らいで見える。
それでも、どうにか次の質問を口にした。
「この身の不死を解呪できるだろうか」
一番大事なことを聞いたはずなのに、神らしきものはただ鼻で笑った。
「あぁ、解ける。お前がそれを望むのならな」
願いが叶うというのに、触れた唇は渇いている。喉もカラカラで、目も同じく。瞬きすら忘れていたことに、このときに気づいた。
「どうしたんだ、サード。落ち着けって」
「そうよ、モンスターに襲われることもないんでしょ? 聞きたいことがあるなら、聞いてから願いを叶えてもらえばいいじゃない」
2人の優しい言葉で混乱が収まり始める。
息を整え、水を飲む。
大丈夫だ。いつものように話せばいい。
「我が身に掛けられた不死の呪いは、ダンジョンを踏破した者の願いでかけられたもので間違いないだろうか」
「あぁ、間違いねぇよ」
「一体どこで?」
「《シャルム》」
唾を飲み込む。
これは自分の出した答えを否定するための答え合わせ。
強く拳を握り、平静を保つ。
「シャルムって別の大陸にある幸せの国よね?」
「1度訪れたら離れたくなくなるって話だったな。だが、ダンジョンなんてあったか?」
2人の疑問に答えを出そうと、神らしきものに問う。
「……シャルムの、どこにダンジョンが?」
「お前の想像通りだ。あの国がダンジョンであり、そこを隠蔽するための術式が、お前の魂へ刻まれている」
やはりか、と思っている俺とは違い、2人は言葉を失っている。分からないことが多すぎるのだろう。
説明するべく、俺は2人を見た。
「この世界には隠蔽されたダンジョンがある。そして、シャルムを隠蔽する核はこの身。不死の呪いを掛けたのは、隠蔽が解かれぬためだろう」
「いや、待て待て。ダンジョンってのはもっとこう、洞窟であったり、大森林であったり……」
「ダンジョンで国を造ってはならないという決まりはない」
絶句している2人。
あぁそうか、クリエイトは気づいてしまったのだろう。様子の変わった家族が、なぜあの国……ダンジョンに留まることを選んだのか。
ダンジョンにいる以上、無事でいられるとは思えない。なぜならば、ダンジョンに残り続けるものは、モンスターしかいないのだから。
モンスターと化し、ダンジョンへ留まり続ける習性を与えられた家族を救いだしたい。それは自然な考えだった。
感情を制御しろ。どう考えるかを想定し、平然な顔を見せろ。
1つ息を吐き、神らしきものに目を向けた。
「どうやって隠蔽は成されている」
「お前の命を燃やし、魔力を増幅して、それを結界にしてんだよ」
「寿命はなによりも強い燃料ということか」
なぜ20年という短命なのかも理解し、薄く笑う。
どうすべきかという答えはすでに出ていながら、質問を続けた。
「なぜダンジョンが隠蔽されていることを教えた?」
「おもしろくねぇからだ。3大ダンジョンとか嘘ついて、コソコソしてなんの意味があんだよ。だから、願え。お前もおもしろくねぇんだろ?」
あぁ、面白くない。ダンジョンとは挑戦する者がいて、踏破されるからこそ美しいのだ。
神らしきものと俺の意見は一致している。ならば、俺が願うことも分かっているのだろう。
両手を開き、すでに知っているであろう願いを口にした。
「この身の不死を解いてくれ。そうすれば、ダンジョンが隠蔽されているという事実も明かされていくはずだ」
「冒涜のダンジョン《シャルム》はどうする。因縁に蹴りをつけたくはないのか?」
「それは、残された時間の少ない俺がやるべきことではない。ブレイカーたちが行ってくれるだろう」
俺の旅はここで終わるのだ。不死の呪いを解き、ダンジョンが隠蔽されている事実を明かし、全てのブレイカーに新たな道を開いた。
神らしきものが言う。
「不死の呪いは解かれ、《シャルム》の隠蔽も解かれた。これで願いは終わりだ」
「そんなあっさりと終わるのか? 風情もなにもないな」
しかし、そんなものなのかもしれない。
終わったのだと歩き出そうとしたが、足が動かなかった。地面に張り付いているようだ。
体が重い。震えも止まらない。
自分の状況を理解できずにいたところへ、プッパが近寄って来た。
「なにしてんだ、サード。帰ってうまいもんでも……どうした? 怪我でもしたのか? エスティ!」
「すぐ回復するわね!」
「ち、違う。違うんだ。なぜか、足が動かない。これはなんだ? 病気か?」
異常を訴える俺に、神らしきものが言う。
「気づいているからこそ目を背けられないんだろ。不死の呪いを解いても、代償として支払われていた寿命は戻って来ないからな」
全てが都合よく進むはずなどはない。呪いは解かれたが、俺の寿命は、恐らく長くても数年。短ければ明日にでも燃え尽きる可能性すらある。
震える俺に、プッパは頷いた。
「そうか。助かっていたのに助かっていなかった。それを理解しちまって、演じきれなくなったんだな」
「演、じ?」
「気づいていないと思ってたの? ずっと、強い自分を演じてたじゃない。まるで、物語の英雄みたいにね」
「ちが……」
違わない。考えなくても分かっている。
俺の人格を形成したのは、冷たい父と、命を狙う家族、唯一の味方であったトレイス兄上。それと日記に書き記された呪い子たちの言葉と、物語の登場人物だ。
自覚してしまった瞬間、震えが止まる。世界が色を失った。
「そう、か。俺は、なにも、ない。空っぽ、だったのか」
誰かを見習い、そうでありたいと演じていただけの人形。
胸には大きな穴が空いており、当てた手が背まで抜けていきそうだった。
ドンッと胸を拳で突かれる。そこに穴は空いていなかった。
「空っぽじゃねぇよ。サードの言葉には意思があった。だから、オレたちはついてきたんだろ」
「意思……?」
「わたしたちを見くびらないでくれる? そこに魂があったから、わたしたちの心は動かされたのよ。空っぽのやつに、そんなことはできないわ」
「だが、俺にはなにもない……人形と同じで……」
「誰だってな、強い自分を演じてんだよ。オレだって、エスティだってそうだ。それのなにが悪い」
空っぽではない。演じていても良い。お前はお前だと、2人は言う。
それでもまだ動けない俺の頬に、エスティが指で触れた。
「これがなにか分かる? 空っぽの人形はね。泣けないのよ、サード」
いつの間にか頬を伝っていたものを理解し、さらにその量は増える。
もう演じているだけではない。これが俺なのだと認めることができる。
プッパに背を押され、一歩足を踏み出す。
エスティに手を引かれ、さらに一歩足を踏み出す。
「帰りましょう。後のことは帰ってから考えればいいじゃない」
「やりたいことをやりゃいいさ。もう縛るものはなくなったんだからな」
残り数年だとしても、不死の呪いよりは長く生きられる。
この数ヶ月、とても楽しかった。鳥籠の中では知られなかった世界を見られた。
あぁならば、残りの余生も楽しく過ごせるかもしれない。
俺は、サード・ブラートの旅は終わったのだと、気負っていたなにかが消えるのを感じた。
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