36話 前に進むために振り払うもの

 走りながらプッパが説明を始める。


「元々の予定通りに、オレたちは最下層を目指して走ってる」

「……その予定は聞いていないな」

「わたしたちが勝手に決めていたのよ。もし作戦がうまくいけば、《エヴァンジル》の中にモンスターはほとんど残っていない。2年で《エヴァンジル》を踏破することはほぼ不可能だけれど、今このときだけは可能になるわ」


 黙って考えていると、プッパが言う。


「言っておくが、本当にサードと踏破するつもりだった。ほぼ不可能だと思っていたが、成そうと努力はしていた」

「そこに疑いはない。現状も、2人が最善を尽くしてくれた結果だと分かっているつもりだ」


 しかし、なぜ教えてくれなかったのか。

 その一点を疑問に思っていると、エスティが答えてくれた。


「他にも自分の命、誰かの命。それ以上に大きいもの救おうと、踏破を目指している人はいるわ。サードは、そういった人たちを出し抜いて進めたかしら?」


 もちろんと言おうとしたが、言葉が出て来ない。

 確かに、俺にはできなかったかもしれない。


 例えば、ペッポ殿の命を救うために願いを叶えたい。そうプッパに言われたら譲っただろう。

 例えば、エスティの身が病魔に侵されており、それを治すためと言われたら譲っただろう。


 俺のそんなところを、2人は見抜いていた。だから、言わずに実行すると決めていたのだ。

 分かってしまえば、言えることなど1つしかない。


「すまない。重荷を背負わせた」

「その言葉はクソ食らえだ、サード。オレたちゃ仲間だろうが」


 俺にはできないことは、2人がやってくれる。2人ができないことは、俺がやる。

 それが仲間なのだなと、目元を拭った。



 モンスターの存在しないダンジョンは、観光名所のように美しい。

 そんな感想を抱いていたら、プッパが足を止めた。


「追いつかれたわね」


 汗を拭うエスティへ、何に? と聞くより早く、屹立した炎の壁が前方を塞ぐ。

 振り向けば、後ろにはロウ・デュール率いる《アマネセル》と、サラ・ダ・フラム率いる《イフリートキャレス》の姿が目に入った。


 2人の言っていた、出し抜いたという言葉を思い出しながら、プッパの背を下りる。

 ロウは苦笑いを浮かべていたが、フラムさんの目は険しい。というよりも、ほとんどのメンバーの顔は険しく、敵を見るような目をしていた。


 最初に口を開いたのはフラムさんだ。


「まさか、これが狙いだとは思いませんでした。強かですね」


 プッパは無言で前に立つ。

 俺たちを守ろうとしていることは、その背を見ているだけで分かる。


「確かに、サード・ブラートは最大の功労者でしょう。しかし、それを理由に見逃すことはできません」


 フラムさんは杖を前に出し、プッパは盾を身構える。

 だが、魔法が放たれるよりも前に、もう1人のA級がこちらに向け歩き始めた。

 それを見て、フラムさんは言う。


「ロウが前衛、ワタシが後衛。A級2人と、そのクランメンバーを相手取れる自信はありますか? 降伏するなら今をオススメします」


 プッパとエスティは強張った表情でロウを見ていたが、彼はこちらに背を向け、腰元の剣を抜いた。


「ロウ?」

「僕はこっち側につく」

「……なぜですか?」

「サラは自分で言ったことを忘れてしまったのかい? 最大の功績者はサード・ブラートだ。彼がいなければ、あの作戦でなければ、エヴァンジルという街がどうなっていたかは分からない」


 あまり表情を動かさないフラムさんが、僅かに眉根を寄せる。


「その功績は金銭や素材面での優遇の話です。決して、踏破を譲るということではありません」

「突然現れた新人が、先達を追い抜き先へ進む。そんなことはよくある話だよ」

「今回は異例です」

「異例? 勝手なことを言うのはやめなよ。僕たちだって同じように、先達を追い抜いて前へ進んで来た。同じように異例だと言われたとき、はい、分かりましたと納得し、道を譲ったのかい? 違うよね。僕たちも、相手の事情など考慮せず、多くの人を振り払い、前へ進んで来たはずだ」

「それ、は……」


 言葉に詰まりながらも、フラムさんは両手で杖を握り、悲痛な顔を上げた。


「それでもワタシには譲れません! 叶えたい願いが、救いたい人がいるんです!」


 フラムさんの苦しみと共に吐き出された言葉へ、ロウは静かに答えた。


「――それは僕も同じだよ」


 完全に言葉へ詰まったフラムさんを見て、ロウはどんな顔をしているのだろうか。

 いつもと同じ優し気な顔だろうか。感情を消した顔だろうか。苦しそうに歪んだ顔だろうか。


 見えない顔を想像していると、フラムさんの魔力が渦巻き始める。どうやら彼女は、全てを力で薙ぎ払うことを決めたようだ。


 静かにロウが剣を構えたところで、気だるそうに肩へ槍を乗せている男が、フラムさんの腕を掴んだ。


「これはどういうつもりですか、デト」

「本当は分かってんだろ? あいつらが正しい。負けたんだよ。見苦しい真似はやめようぜ」

「つまり、あちら側に着くということですか?」

「あんたの味方だから止めてんだろうが。まぁいいや」


 デトは呆れた顔でロウの隣へ進み、槍を構えた。

 それに続き、半分ほどの数が移動をし、俺たちの前へ立った。


「ここは任せて行きなよ、サード」

「しかし……」


 チッ、とデトが舌打ちをする。


「邪魔だっつってんだ。それと、これで貸し借りは無しだからな」

「エスティとの件を言っているのか? あれは終わったことだと話したのに引きずっていたのか。案外、律儀な男だな」

「う、うるせぇ!」


 気恥ずかしそうにするデトへ、エスティは礼を口にした。


「……ありがとう」

「……うるせぇ」


 その場を任せ、振り向かずに先を目指す。

 俺たちから言えることなど、もうなにもないと分かっていた。

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