35話 愛ゆえに

 息ができずに死ぬ。なにかに潰されて死ぬ。

 何度か死んだ後、意識を取り戻すも目の前は常闇。遺体のせいだろうなと想像はついた。

 しかし、それは突如として消える。青い炎が、穴の中にある遺体を消失させたのだ。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……。勝利。この結果、は、想定通り、でし、た、か?」


 ボロボロの鎧、剣、槍、斧。崩れた兜からは老人の顔。幾たびの猛攻を退け、さらに新たな力を取り込んだのだろう。

 三本腕は満身創痍ながらも、まだ生命の火を絶やしていなかった。


「大したものだ。素直に感服している」

「最強。間違いない。今、高みへ至った! ぐっ……息……がはぁっ。だが、A級のモンスターすら、皆殺しにした! これで悲願を達成できます!」


 高笑いをする三本腕に、ただ頷く。


「素晴らしい。君は今、至高の領域に立っているのだろう。F級から上がれない弱さは、歳によるものだったことも理解した」

「感謝。あなたの作戦が、はぁ……はぁ……裏目に、出ましたね」

「あぁ、ここで終わると思っていたのだがね。ところで、その強さは至高に達したようだが、体力は回復しているのかい?」

「不要。後は取得した新たな力で、あなたを殺して脱するだけです。回復など、その後にゆっくりすればいい」

「なるほど。限界ギリギリなことは理解した。では、ご老体。


 三本腕は見えている片目を見開き、それから輝いている上空を見た。


「追撃――」


 降り注ぐ炎雷。逃げ場はない。

 穴の縁に見えるのは、A級ブレイカーのロウ・デュールとサラ・ダ・フラム。他にも何人か見えたが、名前も顔も知らない。


 彼らの攻撃は止むことなく押し寄せる。一瞬止まっても、そこには違う魔法や矢が注がれた。間断の隙なく、穴の中には攻撃が行われている。存在する命を全て滅そうと。


 耐えている三本腕の鎧は尋常じゃない。本来のものより遥かに性能が高い。

 そのことに驚きながら、俺はまた死んだ。



 目を覚ますと、前には両膝を着き、倒れずとも動けない三本腕の姿があった。

 自身にヒールを掛け、三本腕へ近づく。


「まだ息はあるか?」

「……攻撃が、止まった、のは」

「事前にそう頼んであった。君に聞きたいことがあったのでね」


 三本腕の返答はなかったが、片腕を開き、彼に問う。


「その鎧の性能は異常と言える。異常な改造を施せるという君は、異様な物を造れる存在だろう。読みは正しいかな、

「……答える必要性は、感じませんね」

「気づかれぬためにしていた変わった話し方をする余裕も無くなったか。……聞きたいことというのはそこだ。俺は君と話し合わなかった。聞く権利がないことは分かっている。だがそれでも、できれば教えてもらいたい。なぜこんなことを?」


 ただ《エヴァンジル》の踏破が目的ならば、他にもっと方法はあったはずだ。それこそ穏便に攻略することだってできたに違いない。


 しかし、クリエイトはその道を選ばなかった。冷静な研究者気質な彼が、その激情をなぜ制御できなかったのかが知りたい。


 フフッとクリエイトは乾いた笑いを漏らす。


「人が、死を恐れず、全てをなげうってでも、なにかを成し遂げたいと思う理由なんて、1つしかありませんよ」

「復讐か?」


 想定外の言葉に目を見開く。

 愛ゆえに、ここまでの行動を起こした。より賢いやり方を選ばず、愚かなやり方を選んだ。

 理解できずにいると、クリエイトはハァッと息を吐いた。


「後もう少しでした。あの国、いえダンジョンに囚われた家族を解放したかった。サード・ブラート。あなたに1つ問います。自分の大切な人が、隠蔽されたダンジョンで、そこを幸せの国だと信じて徘徊している状態に、あなたなら耐えられますか?」


 俺にはクリエイトの言いたいことが分からない。

 想像すらできず、ただ首を横に振る。


「解放してあげたかった。でも、時間が足りなかった。強さもなかった。でも、あと少しで……」


 クリエイトは愛の試練を指で撫でる。

 ふと、逆の腕に着けたはずでは? と疑問が沸いた。

 彼はブツブツと、1人ごとのように呟きを続ける。その目には光が無い。


「これは、家族の、愛。腕輪。あのときに……」


 腕輪は家族との思い出の品であり、その形を模倣して愛の試練は作られたようだ。

 しばし経ち、クリエイトは完全に動きを止める。成し遂げたいことを成せぬまま、彼の命は終わりを迎えた。



 縄が投げ込まれ、穴の外へと連れ出される。

 A級クランの面々による事後処理を、まだどこかボンヤリした気持ちで見ていると、プッパとエスティに物陰へ呼び出された。

 不思議に思っている俺を連れ、2人は走り始めた。

 どこへ行くのか。聞き出せないまま第三階層の入口へと辿り着き、ようやく目的に気づく。


「もしかして……」

「わたしたちはこのまま最下層を目指すわ!」


 今、このときが最大のチャンスであると、俺たちは走り続けた。

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