34話 プライドの高さが逃走を許さなかった

《エヴァンジル》第二階層。

 一人佇みながら、本物か偽物か分からない空を眺める。

 僅か二日で準備を終えたのは、ロウとフラムさんの働きが大きい。全ての品が揃えられたのも、2人の力無くしてはあり得なかったことだ。


 昨夜、三本腕が《エヴァンジル》を脱したところは、ロウのクランメンバーによって確認されている。

 捜索していたA級クランの者たちが、第八階層で三本腕を目撃したという話には、正直驚いた。

 三本腕は急いでいる。休息を終えれば、今日もここを通るだろう。



 どう進めていくかを頭の中で何度も想定していると、空気へ僅かな圧が増したのに気づいた。

 入口へ目を向けると、壁からヌルリと三本腕が姿を現す。やはり、土の中へ潜ることができるようだ。

 三本腕は距離を保ったまま、じっとこちらを観察する。


「黒髪、仮面、同一。服、新調。防具、皆無。なぜ生きているんですか?」

「安心してくれたまえ。種も仕掛けもある」


 警戒心は高いらしく動かない。

 俺が1人かを確かめようと、周囲を見回している。


「無駄なことをするのはやめたらどうだ? お前に敵を察知する能力などないだろう?」

「……理解不能。なぜ、そう思うのですか」

「俺がいることに気づかず、壁から出て来たじゃないか。もちろん理由はそれだけではない。街で毒の実験を行っていたのはなぜだ? 答えは一つ。弱すぎてダンジョンの敵で試すことができなかったからだ」

「……」

「無言は肯定と取らせてもらおう。ダンジョンへ入る最低限のライセンス、F級のブレイカー。三本腕……あぁ、名前を知らないのでそう呼ばせてもらうよ。三本腕は敵の居場所を探る術を持っていない、最弱のF級ブレイカーだ」

「挑発。口だけは回りますね」


 否定しないんだなと笑ってみせる。


「街での実験を終え、ダンジョン内のモンスターに手を出し始めた。ガラクタ騎士はやりやすい相手だっただろう。一定の位置から動かない。毒を当てて戻るだけで倒せる」

「戦略。有効。正しい戦い方だと思います」

「まさしくその通りだ。ガラクタ騎士の鎧を手に入れた後は、その鎧の防御力で防げる相手だけを毒殺する。順調に成長し、下の階層へ進んで行った」

「欺瞞。話をすり替え欺こうとしていますね。なぜ生きているんですか?」


 三本腕は話を戻せというが、これでいい。明らかに苛立っているのは、指や足を細かく動かしていることで分かる。


「ディープ・レッドリザード。泥纏。恐らく他にもネームドを討伐しているのだろう。第八階層で単独行動ができるらしいからな」

「……理解。誰かに見られていたんですね。気づいていなかったから、気配は察知できないと判断された。それで、なぜ生きているんですか?」

「では、種明かしといこう」


 武器や盾を構えることもなく、ただ三本腕に向けて歩き出す。

 明らかに罠だ。近づいてなにかをしようとしている。


 そう三本腕も思ってくれたのだろう。

 一瞬で距離を詰め、俺の胸に槍を突き立てていた。


「不要。自分で確かめます」

「あぁ、そうすると思っていたよ。相手の考えに合わせるより、自分の考えで動いたほうがいいからな」


 三本腕は賢い。だから、この一撃で俺が死ぬとは思っていない。

 しかし、その動きに合わせれば、触れることくらいはできる。


 カチリ、と音が鳴った。


 気づいた三本腕は離れようとしたが、その背は透明な壁に阻まれる。


「不明。検索。該当。これはまさか、愛の試練?」


 気づいたとしても動揺により隙は生まれている。

 俺が手を上げるのに合わせ、地面が消失した。


「落下。落とし穴ですか?」


 A級クランによって用意された深い落とし穴。

その一番下まで落ち、両足が砕ける。三本腕は無傷。かなり頑丈だ。


「《ヒール》。見ての通り、君を足止めするためだけの落とし穴だ」

「両足。粉砕。回復。その異常な回復力は一体?」

「気持ちは分かるが、もっと気にするべきことはないのか?」


 三本腕は困惑している様子だったが、それに思い至ったのだろう。

 兜で見えていない口元へ手を当てた。


「香気。……甘い? 魔獣玉!? これほどの量をダンジョン内で使用するとは正気ですか!?」


 落とし穴の下に敷き詰められた魔獣玉は、俺たちが落下した衝撃で破裂していた。

 そして、これから動けば動くほど割れていき、臭いは強くなる。


 三本腕の判断は速い。素早くこちらへの距離を詰め、剣と槍と斧をを叩きつけた。


「無知。愛の試練は、相手を殺すことでも外すことで可能です。今度こそ息の根を止め、1人脱出させてもらいましょう」


 血を吐き出しながら、それは知らなかったなと首肯する。

 三本腕は言葉の通りに実行すべく、斧を振り上げ、俺の頭を破壊した。意識が闇に落ちる。


 ……どれだけ時間が経っただろう。回復して目を開くと、降り注ぐ黒い塊を迎撃している三本腕の姿が目に入った。充満している甘い香りで吐き気がする。

 スライム、ホンホンラビット、ゴブリン、オークなど。

 三本腕にとって、これら低下層のモンスターは腕を振るだけで倒せる程度の相手だろう。


 しかし、俺を殺せないことでこの穴から抜け出すことはできず、降り注ぐモンスターたちの数も増え続けている。

 質よりも量。ブレイカー以外の戦力による猛攻。

 苛立った様子で三本腕は戦い続けていた。


「不明! 困惑! なぜ死んでいない!」

「俺が不死だからだ、三本腕」

「不死? 不可! そんなものはあり得ない! だが、なにかしらの回復手段を所持していることは分かりました! ならば!」


 俺の言葉を信じなかった三本腕は、少しだけ冷静さを取り戻したのか、壁に向けて突進する。

 泥纏デイテンの能力を思い出したのだろう。距離が離せずとも、地中でやり過ごせばいい。


 それも想定通りの行動だった。

 なにかに弾かれ、三本腕は数歩下がる。そして混乱したまま降り注ぐモンスターの迎撃を再開した。

 俺はモンスターに刺され、噛まれ、引き裂かれながら、地面の土を手で擦る。


「事前によ。モンスターを相手取りながら破壊するか? あぁいや、それはもう難しいな。時間切れだ」

「時間? ……っ」

「見覚えの無いモンスターが現れ始めたということは、下から上って来ているということだ」


 第三階層より下に存在する、俺の知らないモンスターたち。時間を掛ければ掛けるほど、三本腕は消耗するが、モンスターはより強いものたちが襲い掛かる。


「そろそろ殺されそうだから、いくつか教えておこう。魔獣玉は押収品を全部使わせてもらった。土を固めても、中に氷を仕込んでも潜られる可能性はあったが、ダンジョンには空がある。つまり、いくら潜っても下には通じていないということに他ならない。別の階層へ逃げ込むことはできないと判断した」

「それ、でも! 土中を! 逃げれば!」

「だから君の売り出した愛の試練が必要だったのだよ。潜られたら、腕を千切って上へ放れば引きずり出せ――」


 殺された。意識が消える瞬間に考える。

 次に目覚めたとき、三本腕は圧殺されているだろうか。はたまた、全てを返り討ちにして生き残っているだろうか。

 どちらにしろ、当分は俺も再生しないので、そのときを見続けることはできない。


 斬られ、刺され、刻まれ、噛まれ、食われ、潰され、焼かれ、凍らされ、殺される。再生を阻害され続けていることは想像に容易い。

 結果を楽しみにしながら、俺の意識はまた闇の中へ消えた。

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