33話 この街の住人の一人として

 翌日から大忙しだ。現在、ダンジョンへ入ることは禁止されている。

 ロウの口添えでブレイカーギルドの一室を借り受け、資料を片っ端から捲りあげる。


「作戦を立てるのはいいけれど、相手の目的とか居場所とか、そういうことも考えなくていいの?」


 エスティの当然の疑問へ、資料へ目を通しながら答える。


「ダンジョンにいた。ブレイカーとモンスターを攻撃した。目的は自身の成長。その先にあるのは、《エヴァンジル》を踏破し、願いを一つ叶えることだろう」


 納得した様子でエスティは頷く。

 次にプッパが聞く。


「どうやって見つけるんだ。今もダンジョンに潜り続けているとしたら、追いつくことすら難しいんじゃねぇか?」

「あれの中身は恐らく人間だ。そして人間である以上、潜り続けることは不可能。地上へ戻らなければならない理由がいくつかある」

「食料の補給と睡眠か。だが、モンスターだったら前提が崩れるだろ」

「そこについて考える必要は無い。あれがモンスターだとして、ダンジョンで自給自足が可能であり、睡眠も確保できるのであれば、第二階層で出会うはずがないからな」


 すでにあれだけの強さを有していたのだ。A級のブレイカーと出くわして戦う危険性を負いながら、弱いブレイカーやモンスターを倒して成長を促すよりも、下の階層でモンスターを狩ったほうが効率も安全性も良い。


 つまり、戻らなければならない理由があるのだ。人間ということに他ならない。


「《三本腕》とでも呼称しておくか。武器は剣、斧、槍。拳には透明な毒刃。防具はガラクタ騎士の鎧を改造したものだろう」


 他にどのような攻撃手段があるかは分からない。飛び道具の可能性を想定するくらいか。

 待ち受ける場所を考えていたところで、ふと気づく。あれはどうやってダンジョンへ侵入しているのだろうか。


「《エヴァンジル》に別の入り口はあるのか?」

「そんなものがあったら封鎖されてるでしょうし、すでに調査されてるんじゃないかしら?」

「変装? 別の入り口? 他の手段? 一体どうやって」


 迷っていると、プッパが冗談交じりに言う。


「デイテンが下の階層から上がって来たみたいに、なんか土に潜る方法でもあるんじゃねぇか? なーんてな! ハッハッハッハッハッ」

「それだ。デイテンを倒し、土中に潜る方法を得ているのだろう。では、なぜ第二階層の前を通る必要が?」


 新たな疑問が沸き、しばし考える。

「そりゃダンジョンには空があるからでしょ。土中を移動することができても、繋がっている部分はそこしかないんだからね」


 第一階層は街のすぐ下。適当に土へ潜って侵入することも可能。

 だが、第二階層からは出入口が決まっており、そこを通らなければ別の階層へ行くことができない。


「え? ちょっと待って? つまり、あれはエヴァンジルの街に住んでるってこと?」

「そういうことになるな。あの時に出会った老人を探してもらっているが、今のところ報告はない。老人の姿に変装していたということだ」


 街中では見つけられない。下の階層に行けば行くほど危険性は増す。


「出会ったのと同じ第二階層で仕掛けよう。しかし、真正面から戦えば犠牲が増える。弱らせてからA級たちに仕留めてもらうしかないな」


 今なお成長しているであろう三本腕を、どうやって弱らせるかも、どうやって足止めするかも問題だ。

 しかも、それを俺一人でやらなければならない。


「ブレイカー以外に戦力が無いのに、ブレイカー以外の戦力が必要ってことか。罠でサードごと吹き飛ばし続けるくらいしか思いつかねぇな……」

「待て、プッパ。ブレイカー以外の戦力と言ったか?」


 キョトンとしているプッパは不思議そうに頷く。

 逃がさないための足止め。俺ごと巻き込んだ罠。ブレイカー以外の戦力。


 目を閉じ、必要な物を考える。

 もし揃った場合、想定通りにいくかを考える。


「……厳しいな。綱渡りだ」


 頭を悩ませている俺を見て、2人は目を丸くした。


「え? 倒せそうってこと?」

「恐らくうまくいくはずだが、準備に掛けられる時間も少ない」

「まだ数日あるはずだ。成功率を上げるためにも時間を割いていいんじゃないか?」


 俺は首を横に振る。


「それではたぶん。時間を掛ければ掛けるほど、三本腕が成長してしまう」

「倒せなくなるってことか」


 今度は首を縦に振る。

 時間を掛ければこの案も、成長した三本腕を打倒することはできなくなる。


 他の案を考えたいが、その時間にも三本腕は強くなってしまう。

 いけるかもしれない案が出た以上、準備を進めて実行したほうがいいだろう。



 俺は2人に、作戦の内容を伝える。

 すぐにとんでもない顔で見られた。


「サード、その作戦はお前次第だって分かってるか?」

「というよりも、俺以外にはできん。三本腕は。殺したはずの相手を目にすれば、無視することはできないはずだ」

「生きているサードの存在が、三本腕への最大の《タウント》になるってことね」


 納得し、準備を始めようとした2人に、俺はずっと気になっていたことを聞く。


「ところで、本当に三本腕を倒すのか?」

「どういう意味? 倒したくないっていうこと?」

「話し合いなどもせず倒すのは理性的な行動とは思えない。もちろん、あれだけのことをしたのだから、というのは分かった上で聞いている」


 エスティも答えに詰まっていたのだが、プッパは冷たい声で答えた。


「あいつが人でもモンスターでも死罪に変わりはねぇ。街でも数十人の犠牲者を出し、ダンジョンの中でブレイカーを殺してたことも分かってるからな。すでにラインを超えちまってんだよ」


 どのような事情があったとしても情状酌量の余地なし。法で縛られている我々は、犯したものを罰するしかない、ということだ。


 仕方ないのか、と割り切れる自分に気づき、少しだけ驚く。

 ずいぶんとこの世界に染まったものだなと、クスリと笑った。

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