32話 倒すために必要なこと

 緊迫した空気の中、空気を循環させてくれるかもしれない存在、エスティが駆け寄って来る。


「できるだけのことはしたわ。たぶん、死者は出ないはずよ」

「つまり、元の生活に戻れない人は出るということだね」


 悲痛な顔を見せるロウに、下唇を噛みながらエスティは頷く。その姿は、自分の力不足を悔いているようだった。


 だがしかし、俺の受けた毒を治療したという経験が無ければ、エスティがここにいなければ、倒れていた全員が死亡していた可能性は高い。命があるだけ運が良かった話だ。


 サラ・ダ・フラムは、こちらを見据えながら言う。


「ブレイカーを仕事に選んだ以上、いつ死ぬかは分からない。死ななかっただけマシです」


 彼女の物言いに、ロウは悲しそうに言う。


「確かにその通りだ。でも、僕たちの到着がもう少し早ければ違ったかもしれない」

「たらればの話に意味はありません」


 言い返されてしまい、しゅんとしているロウには目もくれず、サラ・ダ・フラムは言う。


「……ワタシたちが到着したら、多くのブレイカーとモンスターが倒れていました。エスティが治療をする中、プッパはあなたを引きずって離れて行った。ワタシとロウが後を追ったら、死んだはずのあなたが再生していました」

「分かりやすい説明ありがとう、サラ・ダ・フラム」


 状況を整理するに、俺の不死を知ってしまったのは、サラ・ダ・フラムとロウ。それと元から知っていたプッパとエスティの4人か。


 正直、困っていた。俺は死なないからどうでもいいが、プッパとエスティに妙な疑いを掛けられたくはない。

 悩みながら2人に聞く。


「それで、俺を警戒している理由は?」

「化物だとは分かっていましたが、まさか不死だとは思っていませんでした。あなたは危険すぎますし、今回の件に関わっている可能性もある。野放しにはできません」

「待ってくれ。サードはそいつにやられたんだぞ? 事件には関係してねぇ」

「その化物は不死です。疑いをもたれぬように殺してもおかしくはありません」


 証拠が無い以上、そういった可能性も考慮すべきだろう。

 そう思っている俺とは対照的に、2人は声を荒げた。


「サードはそんなやつじゃねぇ!」

「サードはそんな人じゃないわ!」


 仲間のありがたい言葉に感謝していると、ロウが間に立つ。


「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず話し合おうと思ったから、サラも意識を取り戻すのを待っていたんでしょ?」

「それはただ、殺す手段が無かったからだろう」


 いや、拘束もされていないか。ならば話し合うつもりだったのかもしれない。

 そう口にしようとしたのだが、先にサラ・ダ・フラムの魔力がまた渦巻き始めた。


「……新たに《不死殺し》の2つ名を得るのも悪くありませんね」


 余計なことを言うなとエスティに頬を抓られながら、サラ・ダ・フラムに言う。


「ひょんなことよりも、現実的なひゃなしをしようじゃないひゃ」

「現実的な話? 例え他に化物がいたとしても、あなたという化物を放置する理由にはなりません」


 解放され、軽く頬を擦りながら、サラ・ダ・フラムとロウに考えを伝えた。


「あれは毒を扱う。しかも、その刃は透明で見えない上に、刺されたことにも気づけない。他にもなにか隠していると思われるので、A級クランやブレイカーでも、余計な犠牲を増やしてしまうのではないだろうか」

「確かに、透明な投げナイフなどを所持していたら、かなりの犠牲が出るかもしれないね」

「……そうなる前に滅せばいいだけの話です」


 サラ・ダ・フラムは問題無いと口にはしているが、その瞳には僅かな陰りが見える。

 犠牲が出るという事実を、完全に否定することはできなかったようだ。


「まぁ話は最後まで聞け。俺が囮になり、あれを追い込む。この身には毒も些末な問題だからな」


 予想外の提案だったのか、サラ・ダ・フラムとロウは目を見開く。

 だが、彼女はすぐに目を鋭くした。


「信用できません」

「いや、待ってくれ。僕は一行の余地があると思う」

「ロウ?」

「犠牲を減らせるに越したことはない。それに君の考えでは、彼も討伐対象だ。裏切ったと分かったときに始末してもいいんだろ?」

「それは……」

「あぁ、自信が無いのか。先ほどは不死殺しだなんだと言っていたが、そう簡単なことではないものな」


 両隣にいたプッパとエスティが、同時に両頬を殴る。

 意図は分かってくれていると思うが、言いすぎだということだろう。


 サラ・ダ・フラムは非常に険しい顔のまま考え込み、そして杖を手元に戻した。


「いいでしょう。その挑発に乗ってあげます。作戦はあるんですよね」


 なにも思いついていないのだが、自信満々に答える。


「大まかにはな。細かいところはこれから詰めるさ。ところで、1つ頼みをしても?」

「……内容によります」


 険しい表情を崩さない彼女に、敵意は無いよと笑顔で頼みごとをする。


「サラ・ダ・フラムと呼ぶのは長い。サラと呼ばせてもらっても?」

「嫌です。フラムさんと呼んでください」

「了承した」


 胸に手を当て感謝を示しながら、かなり嫌われているなと苦笑いを浮かべた。

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