31話 三本腕の虐殺者

 見覚えのある姿であり、小声で2人に聞く。


「ガラクタ騎士か?」

「似ているけれど、なんか違うわね。階層だって違う。それに、どうしてこんなにが濃いの?」

「喋るな。なにかおかしい」


 プッパは自身でも理由が分かっていないようだが、最大の警戒を発している。

 それは初めてのことで、俺たちも素直に従い、口を噤む。


 第二階層の入り口はまだもう少し先。避けて通りたいが、この先は開けているのでそれも難しく、様子見に徹しているようだ。


 黒鎧は体を動かし、周囲を見回し始める。

 その視線が通った瞬間に全身が総毛立つ。俺たちの存在に気づき、目を止めたわけでもないのにだ。

 2人を見ると、目を見開き、口を手で覆い、浅く短い呼吸をしている。あれが危険だと、本能で察しているようだった。


 デイテンのときとは違う。戦うという選択肢すら浮かばない。あれは、関わってはいけないものだ。姿を消すまで息を潜めるしかない。


 しかし、それはあくまで俺たちの都合だ。

 黒鎧はガシャガシャと音を立てながらこちらへ歩き始める。偶然、進行先が交わってしまったのだろう。運が悪い。


 やり過ごすことは難しいと判断し、2人に短く伝えた。


「動くな。声も出すな。音も立てるな。これは命令だ」


 大切な仲間である2人に命令などはしたくない。

 そのことに僅かな痛みを胸に感じながら立ち上がった。


 2人には目を向けず、こちらを視認した黒鎧に向けて歩き出す。

 ある程度距離が縮まったところで、両手を開き、笑顔で、友好的に語り掛けた。


「やぁ、こんなところでなにをしているんだ? それはガラクタ騎士の鎧か? レアドロップというやつだな。腕が3本とは便利そうだ。俺も狙ってみるべきか」

「……」


 黒鎧はなにも語らない。もしくは話す機能が無いのか。

 《タウント》を使用するか迷ったが、それはやめておく。誰かが隠れていると察せられても困る。ここは、言葉で引き付けるべきだろう。

 後方の2人から離れるように、ゆっくりと横へ移動する。


 ふと、黒鎧のさらに奥で、複数の黒い点が蠢いているのに気づいた。

 目を凝らし、それがなにかを理解して、小さく口を開いたまま固まった。


 


 腕や足が切り落とされているものもいるが、そうでないものもいる。蠢くだけで逃げないのは、そうできない理由があるのだろう。

 動揺を隠し、黒鎧へ話しかける。


「話さないということは、やはりモンスターか。あぁいや、人でも変わらんな。言葉を理解できぬ以上、人でもモンスターでもそこに大きな違いはない。等しく低能な生き物だ」


 別に話せないからといって低能だとは思わないが、今はこいつを引き付ける必要があるための煽りとして使用。

 言葉による《タウント》が成功するまで話し続けるつもりだったのだが、思っていたよりも早く結果は出された。


 瞬き《まばたき》をするほどの時間で黒鎧は距離を詰め、手に持っていた武器を使うのではなく、当てるように拳を押し付けて来た。

 痛みはない。しかし、覚えのある不快感が全身に奔る。これは


 トントンと黒鎧は何度か拳を押し当てる。そのたびに不快感は強まり、体内の毒は濃くなっていく。

 だが、ここで倒れるわけにはいかず、後ずさるように移動をする。

 それを見て、黒鎧は不思議そうな声色で言った。


「なぜ? 毒? 耐性? 不確定要素。殺しておきましょう」


 槍が腹部を貫き、動きを封じられる。

 振られた剣が四肢を切断する。

 下ろされた斧が体をグチャグチャに潰す。何度も、何度も潰される。

 普通ならばもう死んでいる状態で、黒鎧は動きを止めて後方を見た。


「増援。殲滅? 面倒ですね」

「面倒? 怖いから逃げるのだろ?」

「……口だけは回るみたいですね」


 癇に障ったのか怒気の混ざった口調。

 そのすぐ後に頭へ斧が叩き落され、意識は闇に閉ざされた。



 目を覚ます。いつもと同じ、面の中から見える狭い視界。

 まだどこかボンヤリしていたのだが、古そうな木の杖が突きつけられていることに気づいた。

 先の折れた黒の三角帽子、黒のローブ、小柄な体躯。

 列車で出会ったときと変わらず、彼女は無表情で俺を見ている。すぐ横に美丈夫ロウの姿もあり、その顔は険しい。


 横から庇うように手が伸びる。隣にはプッパの姿があった。


「エスティは?」

「無事だ。今のサードよりずっとな」


 その言葉を聞き、胸をなでおろす。

 しかし、そんなやり取りには興味が無いのだろう。

 彼女は無表情なまま再会の言葉を口にした。


「……久しぶりね、化物フリークス


 それだけで完璧ではなくとも状況は理解できた。

 起きてしまったことは仕方ないかと、笑顔で彼女に答える。


「あぁ、久しぶりだな、サラダ……サラダフアム?」

「――殺す」


 強大な魔力が渦巻き始めたのを見て、慌ててロウが止める。

 厄介な状況に追い込まれたなと思う俺の頭を、隣にいたプッパが「サラ・ダ・フラムだ」と小突いた。

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