29話 限界を超える機会が与えられたぞ

 デイテンは短い手を上げるが、振り上げるというほどの高さには至らない。

 なにをしてくるのかと様子を伺っていたら、エスティが叫んだ。


「泥の塊を飛ばしてくるわよ! 後、泥を纏って射程を伸ばして殴ってくるわ! 特に気を付けるのは体当たりね! 横向きで転がってくるわ!」


 なんとも分かりやすい説明を受け、タワーシールドを泥の中に突き刺す。

 飛んで来た泥の塊を受け、盾を支えていた腕の骨が砕けた。


「威力が高いな。殴りも同程度か? 体当たりを食らえば大変なことになるぞ」

「《ヒール》。それが一番威力の低い攻撃よ! 泥を剥がしていかないと、攻撃の威力は下がらないわ!」


 ベキベキと音を立てながら腕は元に戻り、またしっかりと盾を構える。

 《タウント》で引きつけながら、ひたすらに耐える。近づけば殴られて吹き飛ばされるだろう。この距離を保ちながら、泥の塊を受け続けるしかない。


 エスティが時折放つ《マジックアロー》はいくらか纏った泥を剥いでくれるが、すぐに元へ戻ってしまう。

 決定打に欠けているが、威力の高い魔法を使うには、回復の比率を下げざるを得ない。これが今、彼女にできる最善ということだ。


 耐えて待つ戦いを続けていると、のろりのろりとようやく、目的の人物が動き出す。

 プッパは普段とは違い、情けなさすらある愚鈍な動きでデイテンの体へ大剣を振り始めた。

 さすがに威力は高く、数発で纏った泥が剥げ落ちる。だがすぐに泥は補充され、デイテンの泥の鎧は元通りになっていた。


 こうなることが分かっていたと言わんばかりに、苛立ちを隠さずプッパは大声を出す。


「無理だ! 火力が足りねぇって言っただろ! 前もそうだった! オレがもっと強ければ、オレがもっと動けていれば、あの2人だって引退する必要もなかったんだ!」


 プッパの言葉から与えられた情報は少ないが、それでも大体は推測ができた。

 組んでいたクランが解散した理由が、2人が大怪我を負って引退するしかなかった相手は、デイテンだったのだろう。


 絶対に勝てない、無理なんだと嘆きながら、弱弱しく大剣を振るプッパへ、俺は笑みを浮かべながら言う。


「喜べ、プッパ」

「なにを喜べってんだ! 冷静になれ! オレたちじゃ勝てねぇ!」

「……は?」


 唖然とし、動きを止めたプッパを見る余裕はない。

 盾で受ければ腕の骨が折れ、体に直撃すれば骨だけでなく内蔵まで潰れる。

 何度も回復魔法で修復されながら、それでも俺は言った。


「安心しろ。俺は死なない。だから、超えられるまで挑ませてやる」


 後方からエスティが、敢えて軽い口調で伝える。


「そうはいっても、わたしの魔力が尽きたら出直しだからね。サードはどうにか逃げ帰って来てよ」

「あぁ、分かった。装備を失っているかもしれないから、服だけ用意しておいてくれ」

「全裸で戻って来るってこと? 本当にやめてよね!?」


 今までも、ガラクタ騎士のときも、2人は待ってくれた。

 今回は俺とエスティが、プッパを待つ番になったというだけだ。

 フッとプッパを見て笑う。頭が吹き飛ばされた。


「《ヒール》! 戦闘中によそ見してんじゃないわよ!」

「す、すまない。もっと集中しよう」


 エスティに怒られてしまい、気を引き締め直す。

 しかし、そこで妙なことに気づいた。先ほどよりもデイテンの体が大きい。泥で膨らんだのか?


「引き寄せられてるわ! 離れて!」


 ハッとして下がろうとしたが、すでに腕は迫っていた。盾の後ろに可能な限り体を隠す。敵が大きくなったのではない。距離を縮められていたのか。

 しっかりと受け止めたつもりだったのだが、盾は簡単にひしゃげ、この戦闘で一番の衝撃に、体が宙を舞う。


 ベシャリと泥沼へ落ちる。

 すぐにエスティの《ヒール》で回復され、起き上がろうとしたのだが体が動かなかった。


「泥が、固められて、いるのか」


 必死に力を籠めれば、少しずつ泥は割れて落ちる。

 しかし、そんな時間を相手がくれるはずもなかった。

 デイテンは今までよりも多くの泥を纏い、大きな口を横に向ける。エスティの言っていた最大の攻撃である、体当たりが来るとすぐに分かった。


 どうにか立ち上がろうとしている内に、デイテンはその体を揺すり、勢いをつけて転がり始める。

 状況を打開する手段はなく、潰されることを諦めるしかなかった。


「逃げろ!」


 押し寄せる巨体。デイテンの体で視界が暗くなる。

 しかし、いつの間にか盾を拾い上げていた人物が前に出て、その体当たりを受け止めた。


「《シールドバッシュ》!」


 タンクもやっていたというプッパは、未熟な俺では扱えない高い技術で体当たりを防ぎ、さらにシールドバッシュで威力を削ぎ落す。

 だが、完全には威力を殺し切れなかったようで、吹き飛ばされたプッパの体は泥沼の中を転がった。


「クソッ! クソッ! くそったれが! 何が、何度でも挑めばいいだ! 見ろ! 足が震えてんだよ! こんなやつを信じるってのか!?」


 プッパは立ち上がり、自分の膝を見せつけた後、何度も叩く。震えよ止まれと、自分の足が折れかねない勢いで。

 そんな彼に、俺はクツクツと笑いながら言った。


「クラン名を忘れたのか? 信じているのではない。のだよ。プッパが倒してくれなければ、俺たちにデイテンを倒すことはできないからな」

「サード! オレはなぁ! てめぇのそういうところが気に入らねぇ!」


 プッパは使い物にならなくなったタワーシールドを放り捨て、強く舌打ちした。


「チッ! だが、そこが気に入ってるところでもある。いいさ、やってやらぁ。どうせ踏破しなきゃならねぇんだからな。限界の1つや2つ、超えられるまで挑めばいいんだろ」


 覚悟が決まったのか、プッパの震えが止まった。それだけでなく、今までよりも体が大きく見える。


 ……いや、違う。


 プッパの体は少しずつ膨らみ、あの無精ひげも伸び、顔の全体を覆うとしていた。

 その変異は、デイテンが体勢を立て直すのとほぼ同時に終わる。


 熊と見紛う姿になったプッパは、《咆獣》の2つ名に相応しい獣の雄たけびを、デイテンへ叩きつけていた。

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