28話 様子のおかしい仲間

 先頭をプッパに任せ、敵の数が少ないところを見つけたら合図をもらって前を交代し、引き寄せて討伐する。

 俺の索敵能力では難しいのでプッパに任せたのだが、「いい判断だ」と褒められた。


 それは嬉しいのだが歯がゆい気持ちもある。いずれは任せなくても済むように、索敵の経験はしっかりと積んでいくつもりだ。


 プッパの後を追い、見ていなさそうな部分を俺とエスティで再度確認。


 この方法に少しずつ慣れたところで、プッパは足を止めた。


「そろそろ離れて行動してるやつが見当たらなくなってきやがった。次はどうする」


 指揮を出すべく答えようとしたのだが、妙な臭いを嗅ぎ取り、鼻をスンスンと鳴らした。


「甘い香りがする?」


 前よりも濃い臭いと記憶が一致し、目を見開く。


「撤退す――」


 足が異様に重い。下を見ると、まだ先にあった泥沼が広がり、足首までまとわりついていた。

 想定外の出来事に混乱。余計な感情を停止。状況への理解を優先。ダンジョンの特異性か、モンスターの能力と判断。


「湿地帯を囲っていた泥が伸び、深くなっている。ダンジョンではよくあるのか? それと、この甘い香りには覚えがある。魔獣玉だ。……そうか、泥はモンスターの能力ということか」


 答えを聞く前に答えを導き出せた。

 もし泥沼が広がるのであれば、プッパとエスティが知らないはずがない。

 この魔獣玉が、生息していないモンスターを引き寄せたのだろう。


 プッパは焦った口調で腕を振る。


「急げ! 下がるんだ! これは――」


 地面が揺れ、泥沼はゆるやかに渦を巻き、こちらの移動をさらに制限する。

 より中心に近かったレッドリザードたちと、ディープ・レッドリザードが先に飲み込まれた。

 引き寄せられながらも耐えていると、渦の中心が隆起する。そしてワニのように大きな口が、まだ口のところどころにトカゲたちの部位を残したまま姿を現わせた。

 荒い息で、大量の脂汗を浮かばせながら、プッパは言った。


「《泥纏デイテン》……。五階層のネームドで、C+のモンスターだ」


 体の半分が顎に見えるほど巨大な口。歪な体に泥を纏ったネームドモンスター、デイテンは、俺たちを《次の餌》を視界に捉え、笑っているように目を細めた。



 泥沼は僅かに動いており、デイテンへ引き寄せられ続けている。足を抜きながら逃げるのは時間がかかりすぎるため、追いつかれるほうが速いだろう。


 やるしかないと判断したのだが、プッパが前に進みながら叫ぶ。


「盾をよこせ! オレが時間を稼ぐ! その間に2人は逃げろ!」

「決定権は俺にあるんじゃなかったのか?」

「そんな場合じゃねぇだろ! 大人しく言うことを聞きやがれ!」


 ここまで焦っているプッパを見るのは初めてだ。明らかにおかしいことには俺だけでなく、エスティも気づいていた。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ、プッパ。冷静さを取り戻して、いつもみたいに対策を――」

「うるせぇ! とっとと逃げろ!」


 プッパは誰の意見も聞かず、ただただ焦りながらタワーシールドを奪い取ろうと手を伸ばす。

 俺は盾を渡すように前へ出し、受け取ろうとしたプッパの体を盾で突き飛ばした。


「な、おま、なにしやがる! 遊んでる場合じゃねぇ! 倒れそうになっただろうが!」

「落ちついてよく見てみろ。デイテンはまだトカゲを咀嚼中。こちらを逃がすつもりはないようだが、少しだけ時間がある」


 大きな口で噛みつき、そのまま飲み込むというわけにはいかないらしい。デイテンは俺たちからは目を離さぬまま、嫌な音を聞かせながら、先に食したトカゲたちを嚙み砕いていた。

 しかし、それほど余裕があるわけでもない。


「端的に、冷静に、状況を教えてくれ」


 それどころではないと、ギリギリと歯ぎしりをしながらプッパは答える。


「あいつはデイテン。泥を纏うネームドで、五階層に出現するやつだ」

「異様に焦っている理由は?」

「オレたちの戦力でデイテンを倒すことはできねぇ。逃げるしかないが、誰かが時間を稼ぐ必要がある。分かったなら、とっとと――」

「あいつと過去になにがあった」

「……答える義理はねぇ」


 同じクランのマスターであり、答える義理はある。

 しかし、プッパの言い分を飲んだ。人には言いたくないことだってあるし、俺にだって伝えてないことがあった。


 エスティに目を向ける。彼女はプッパに比べ冷静だった。


「こいつを倒したことは?」

「もちろんあるけれど、それはヒーラーとしてよ。戦うなら火力が足りないと思うわ」

「だから、逃げるしかねぇって言ってんだろ!」


 怒りすら滲ませているプッパには、ただ相槌だけを打っておく。


「逃げられると思うか?」

「誰かを犠牲にすれば2人は逃げられるでしょうね」

「その場合、誰が囮をすべきだ?」

「オレが――」

「サードね。だって、後で回収ができるもの」


 冷静だ。それをやりたいかは別として、正しい意見をエスティは口にしていた。

 俺も同じ意見だったため、その方針で動くことを決めた。


「タンクは俺がやる。しかし、《ヒール》をする余裕があるか分からない。申し訳ないが、エスティは普段より回復の比率を高くしてくれ」


 いつもならば、攻撃が8か9で、回復が1か2。アタッカーとしての成長を求めているので、そういった比率でエスティには行動してもらっている。


 だが、そうも言っていられない。彼女はヒーラーというロールにトラウマを抱えているが、今回は俺の指示を飲んでもらうことにした。


 多少は愚痴も出るかと思ったが、エスティはあっさりと首を縦に振った。


「えぇ、分かったわ。サードの意図も理解しているつもりよ」


 チラリとプッパを見た後、エスティはなにも言わず身構える。

 咀嚼を終えたデイテンがこちらへ動き出したのを見て、俺も盾を手に前へ出る。

 ただ、プッパだけが動かず地面を睨んでいた。

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