27話 できないことをできるようにする必要性

 短い草の折れた部分を指さし、プッパが言う。


「ほら、足跡があるだろ。こういう痕跡を見落としたらいけねぇんだ」


 情報はいくらあっても良いし、少しでも多く気づいたほうが良い。1人ではなく、誰かが気づいたら良い状態が理想だと、プッパは教えてくれる。

 しかし、エスティは首を横に振った。


「優秀な斥候が1人か2人いれば解決でしょ? 別のできることを増やしたほうが、パーティーの幅が広がると思うわ」


 2人の意見が食い違うことは珍しい。まだ意見も出切っていなさそうなので、周囲の警戒や痕跡を探しながら、話に耳を傾ける。


「そりゃエスティの言ってることも間違ってねぇよ。だが、自分はあまり得意じゃないからやりたくないと言ってるようにも聞こえるな」

「うっ。否定はしないけれど、得意分野を伸ばすべきでしょ?」

「努力の度合いによるな。回復魔法ほどとは言わないが、それなりの努力はしたのか?」

「だから、その努力の時間を他に――」

「例えば、オレとはぐれたらどうする? 恐らくオレは、安全な場所で2人と合流しようと考えるだろうな。そこまでエスティは1人で行けるのか? 接敵する可能性の少ない道を選べるのか?」


 言葉に詰まったエスティは、両手を上げた。


「プッパの言う通りね。ちゃんと覚えるわ」

「エスティ、ずっと思ってたが、お前はオレと違い、頭がいい」

「え、なによ。どうして急に褒めたの?」

「全てを身に着けろとは言わん。だが、できるだけ色んなことを覚えておけ。それはいつか必ず役に立つ。頭の良さをもっと活かせ」


 知識は無限の武器だとプッパは言う。


「勝つ術よりも、生き残る術を学べ。生きてさえいれば、また挑むことができる。サードがいい例だろ?」

「なるほど、しっくりきたわ。ガラクタ騎士を短期間で攻略できたのは、まさにそれが理由だったものね」


 俺が口を挟む必要もなく、2人は互いに納得していた。

 マスターとしては、ありがたいような少し物足りないような気持ちもあった。


 こちらへ近づいて来たプッパは、一点を指さす。


「あそこに痕跡があるな」

「ん? 本当だ。まるで気づかなかった」

「目の使い方だ。一点に集中するんじゃなくて、全体を見ろ。異変を感じたら、その場所を集中して見るんだ」


 教え続けるプッパの隣で、エスティに小声で言う。


「まるで先生のようだな」

「指導役をやっていたからね」

「おい、聞いてんのか?」

「「はーい、先生」」

「誰が先生だ。ったく、ちゃんと聞いておけよ?」


 口ではブツブツ言っているものの、プッパは教えることが嫌いではないらしく、その顔はどこか嬉しそうだった。



 目の前に広がる湿地帯。

 いくつかの岩があり、その上で見覚えのある4本足の赤いトカゲが複数ひなたぼっこしていた。

 レッドリザードに囲まれた奥、一番高い岩の上にいる、一際目立つ赤黒いトカゲ。それがこの層のネームドである、《ディープ・レッドリザード》だった。


 プッパが下がるように手を振り、それへ従う。

 少し離れると、エスティが大きく息をした。


「さすがに少し緊張したわね」

「そうか?」

「サードは緊張しなさすぎだ。もう少し緊張感を持ちやがれ」

「大丈夫な距離感を保ってくれていると、プッパを信頼していたからな」

「それって、わたしが信頼してないみたいにならない?」

「別に勘違いしねぇから心配するな。こいつがおかしいんだよ」


 確かに、とエスティは納得していたが、俺としては釈然としない気持ちだった。

 少し口を尖らせている俺に、プッパは真剣な表情で聞く。


「それで、どう動く」


 俺も気を引き締め直し、それに答える。


「敵の情報は事前にもらっているからな。次に必要なのは現地の情報だろう。戦いやすい地形で……」


 話している最中に妙案が浮かんだ。

 それを伝えると、プッパは額に手を当てながら首を横に振る。


「悪くはねぇが、手札の1つとして考えておけ。いつでも使える、いざというとき以外に使わなくても良い手は残しておくに限る。戦闘ってのは、手札の多さも重要だからな」

「しかし、戦闘時間は短くできるのでは? 最初から全力で挑むべきという説もある」

「まぁ、それも間違ってねぇ。オレは伝えるべきことは伝えた。エスティに意見が無いようなら、後はサードが決めればいい」


 決定権はマスターである俺にある。プッパはそこを重視しており、外でも俺を立てる。

 では、エスティはどうなのか。彼女を見ると、少し怒った様子で、俺の頬を引っ張った。


「さっきプッパに言われたことを忘れたの? 勝つ術より生きる術を優先すべきなのよ。速く勝つことよりも、傷の少ない勝ち方を選びなさい! 分かった?」


 触れなければ分からないほどの痺れしかない頬からは、僅かな熱が感じられる。

 俺の出した、1人で突っ込んで《タウント》と《ヒール》を使用して耐え、その間に2人がモンスターを片付けるという案は、間違っているとあっさり否定された。


 いや、少し違う。いざというときにこそ使うべきだが、それに頼る戦い方は間違っていると、プッパもエスティも教えてくれたのだろう。


 反省し、胸に手を当て謝罪する。


「俺が間違っていた。すまない。当初の予定通り、相手を少しずつ引き付け、確実に倒していこう」

「当初の予定とか言ってるが、その案も初めて聞くんだけどな」

「言ったつもりになっているみたいだけれど、なにも言われていないからね」

「そうだったか? だがまぁ、2人から同時に言われるのにも慣れたものだよ」


 笑ってみせると、頭を小突かれ、頬を引っ張られる。

 しかし、方針には不服がないのだろう。

 異論が出ることはなく、俺たちは活動を開始した。

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