24話 信頼と責任の重さ
福音のダンジョン《エヴァンジル》。第一階層から第二階層へ続く地下階段。
小さな広間には多くの人がおり、商売をしている人もいた。それだけでも、第一階層の難易度の低さが感じられる。
「ほとんどのやつはスカウト狙いだ。才能のあるやつに早く声を掛けるのも、クランの大事な仕事だからな」
2人の顔には色々な感情が浮かんで見える。自分が初めてここを通ったときのことを思い出しているのかもしれない。
たぶん、俺は毎回思い出すだろう。この日のことを。
胸に滾るものを感じていると、2人の背を押される。
「ほら、行こうぜ」
「ここはまだ道の途中でしょ」
今日まで何度はじめの一歩を踏み出したのか。
その全てに感慨深さを覚えながら、またはじめの一歩を踏み出した。
階段の先には草原が広がっていた。ダンジョンの中なのに、上には空もある。
石壁を繰り抜いて作られたような第一階層とは違い、ただどこまでも短い葦の草が伸びており、先には林や森、山々も見えている。
「まるで外みたいだ」
後方を見れば、不自然な洞窟があり、その中には石の上り階段。
これが無ければ、自分がダンジョンの中にいるということを疑ってしまいそうだ。
「少し移動しましょうよ」
「ここは人も多いからな」
入口近辺は人も多いからだろう。2人は歩き始め、その後を追う。これからどうするかを話し合い、すでに決めているかのようだった。
5分ほど歩き、第一階層の入り口が遠目に見える距離となったところで、2人は足を止める。
片手を開き、肩を竦めながら先に切り出す。
「わざわざ人のいないところへ移動するとは、なにか聞かれたくない話があるようだな」
話しやすい空気を作るのもマスターの仕事。
良い仕事ができたらしく、2人は僅かに笑った。
「まず最初に、これからは3人で戦っていく。つまり、クラン名を決める必要があるってことだ」
「それなら考えてあるから安心してくれ」
「あら、そうなの? どんな名前?」
「『ザ・ブレイカーズ』だ」
踏破する者たち。ブレイカーの中のブレイカー。
素晴らしく分かりやすい名前を思いついたものだと胸を張っていたのだが、2人は笑顔で別の肩を叩いた。
「じゃ、世話になったな」
「これからもがんばってね」
「……もしかしてだが、あまり気に入ってもらえなかったか?」
「「ダサい」」
同時に言われてしまえば文句も言えない。しょんぼりとしながら、他の案をいくつか出す。
『ブレイカーオブブレイカー』『変な仮面の男と仲間たち』『熊と美女と仮面』。
だが、2人は首を横に振る。どうやら俺には名づけのセンスが足りないようだ。
「とりあえず、おいおい考えてくれればいいわ。ただし、早急に」
「難しいことを言う」
「クラン名ってのは看板だからな。ずっとその名前で呼ばれるってことも忘れるなよ」
良い名前を早急に。難しい難題に答えるのもマスターの仕事か。
肩を竦める俺に、プッパが次の話を始めた。
「エヴァンジルを踏破するってことは、A級のブレイカーになり、A級のクランへ成る必要がある。今現在、A級ブレイカーへの最短記録は4年。B級は2年。俺たちは倍以上の速さで、そこを目指さないといけねぇ」
「Bに2年? エスティと同じだな」
エスティの顔を見ると、彼女は両手にピースサインを作っている。
「なるほど、エスティならあり得そうだ。才能あるブレイカーだからな」
「もうちょっと驚いてくれない!? それと、わたし以外にも2年と数ヶ月でB級に到達した人はいるわ。最短はロウとかサラ・ダ・フラムみたいに、2年ピッタリの人よ」
「サラダハム?」
「サラ・ダ・フラムね。それ、本人に言ったら大変なことになるから気をつけなさいよ?」
分かったと頷く。とりあえず、2年でB級まで上り詰めたブレイカーは2人。エスティはそれに次ぐ才能を秘めているということか。
「やはり、俺の見る目は間違っていなかったな」
「実力じゃなくて、好き嫌いで選んだやつがなに言ってるのよ」
「実力も伴っていたのだから、より俺の鑑識眼の素晴らしさが分かったということだ」
なにか言いたそうではあったが、否定はできなかったのだろう。エスティは口を尖らせ黙った。
クツクツと笑っていたプッパは、俺を指さし、端的に言う。
「まぁ、そうだな。マスターの見る目は間違っていなかったってことにしておこう。そしてここから先、オレたちはサードの指示に従って動く」
「それは今までもそうだっただろ?」
「戦闘面においてもって話だ。オレたちを駒のように動かし、パーティーの頭脳になれ」
この言葉には驚きを隠せず、目を瞬かせる。
よく考え、その意図を見抜き、答えようとしたのだが分からず、眉根を寄せた。
「すまない。正直に言うが、理由が分からない。この先を知っている2人のどちらかが指示を出せば、我々は効率良く進めるはずだ。それとも、俺のなにかが問題で、補うためにやらせる必要があるのだろうか?」
俺の問いに、プッパはただ首を横に振る。
「では、2人より俺のほうが頭が回り、賢いということか?」
「喧嘩売ってる!?」
「オレらをバカ扱いしてるよな!?」
「す、すまない。そういうつもりはなかった。えぇと、言葉を選ぼう。俺のほうが指揮官の適正が高いということか?」
「いや、そういうことでもねぇな。これからちゃんと説明する」
プッパは横のエスティに目を向け、問いかけた。
「2年でB級に到達した天才のエスティさんよ。お前の指揮で、オレたちはどの階層まで行けると思う?」
「一々天才とかつけないでくれる? ……そうね。四階層ってところじゃないかしら」
「まぁ、そんなとこだろな。オレが指揮した場合でも、五階層が限界だろう」
四階層か、五階層までは行ける。
自分たちでそう言っているのに、なぜと眉間の皺を深くした。
「分からん。2人が指示を出せば、何の問題もないという話にしか聞こえない」
困惑している俺に、プッパはゆっくりと、だがハッキリと首を横に振り、そうではないという意を示した。
「オレたちが目指しているのは五階層じゃねぇ。前人未踏の最下層。そして、そこの踏破だ」
「っ」
「わたしたちの指揮で辿り着けるところは分かっちゃってるのよ。でも、サードは違う。わたしたちを連れていける可能性がある」
「まだ、オレたちが見たことない場所へ。そこまでの指揮ができるのも、するべきなのも、お前だ」
理屈は分かる、納得もした。
だが、最初に浮かんだ感想は重いだった。
2人の命を預かる。死なない俺は、初めて身近な死を、それを背負うということを、このときに初めて理解していた。
しかし、これは俺が始めたことだ。重いからと、責任から逃げることはできない。
だからいつものように、どこかの本に出て来た主人公のように、平然とした様子で、軽い口調で、笑みを浮かべながら答える。
「なるほど、確かにその通りだ。分かった、俺に任せておけ。全員で、エヴァンジルの踏破者になろうではないか」
自信たっぷりに、根拠もないまま伝える。
そんな俺に、2人はなんの疑いもないという顔で言った。
「頼んだぜ、マスター」
「頼んだわよ、マスター」
なにを言われても責任の重さが軽くなるわけではない。
だが、なにか同じくらいの強さを持った感情が、胸の内に生まれている。
信頼と責任。それを噛み締め、俺は仲間と共に、第二階層への挑戦を始めた。
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