23話 震えには気づかないフリをした

 恋とは何なのか。文章でだけ知っている胸の高鳴りについて考えていると、頭をコツンと小突かれた。


「これからガラクタ騎士へ挑むってときにボーッとしてんじゃねぇぞ。今日は勝つんだろ」

「あぁ、もちろんそのつもりだ。しかし、なぜボーッとしていると分かったのだ? 対策を考えていたのかもしれまい」

「対策を考えてるときのサードは、目をカッと開いて考えているからね。今は伏し目がちに、小さく息を吐いていたから、全然違うことを考えていたでしょ」

「仲間からの理解が深いと、説明の手間が減るのだな。これも関係性が進んでいるということか。喜ばしいことだ」


 素直に嬉しいと感じていたのだが、2人はジトッとした表情をしている。

 さっさと準備して挑め、と目で訴えかけているのが分かり、俺も2人への理解が深まっているなと思っていたら、また頭を小突かれた。戦闘前の傷が増える前に準備へ集中するとしよう。



 ガラクタ騎士。全身黒鎧。三本腕。各々の手にはボロボロな剣、斧、槍。E級ブレイカーへの壁。

 こちらはショートソードにラウンドシールド。軽めの動きやすい鎧。兜は無しで仮面あり。

 使用可能スキルは、《タウント》《ヒール》《ファストスラッシュ》《シールドバッシュ》《マジックアロー》。

 後はいくつかのアイテムを持っているが、1vs1なので使用するほどの余裕はない。


「では、勝ってくる」


 線を踏み越え、ガラクタ騎士と幾度目かの対峙をした。


 ――目を覚ます。

 無表情なまま見下ろしている2人と目が合い、ふと笑った。


「恋とは何なのか」

「恋じゃなくてガラクタ騎士のことを考えなさいよ。あっさり頭をかち割られてどうするの」

「面目次第もない」


 あれほどまでに肉薄していたのに、今回はあっさりとやられてしまった。

 数日空いただけで、これほどまでにうまく動けないものなのか。


「プッパ。どうして動けないか……ではないな。どうしたら動けるかを教えてくれ」

「うまく動かせないのなんて当たり前のことだ。いいか? お前の長所は死なないことだ。そして短所は死を恐れないことだ。どうせ死なないから、何度でも挑戦すればいいからと、緊張感が足りてねぇんだよ」


 言われてハッとする。

 倒せなければ死ぬ。死なずとも大怪我をする。そういった誰もが本来持っているものが、俺には不足している。

 何度でも挑めばいい。そう考えるのは、負けた後に切り替えるときに考えるべきことだ。

 1回目で勝たなければ死ぬという心構え。それを意識するために、目を閉じ呼吸を整えた。


「……よし。


 今までで一番強く、線をしっかりと踏み越えた。



 真っ直ぐ向かって来るガラクタ騎士に対し、横に移動しながら《マジックアロー》を放つ。

 剣で防がれたところを狙い距離を詰め、突き出された槍を剣で逸らす。

 振り下ろされる斧。何度も頭をかち割って来たそれを一瞬だけ、《シールドバッシュ》で防ぎながら弾いた。

 大きくよろけたガラクタ騎士を見て、完璧なタイミングで返せたことを理解する。

 剣や槍の追撃が来るより早く、俺は次のスキルを使用した。


「《ファストスラッシュ》」


 俺の使用できる最速のスキル。狙いは強く手ごたえを感じていた斧。

 甲高い音と共に初めて


 しかし、足にわずかな痛み。死角から迫った剣が、俺の右足を深く切り裂いていた。

 斧1本と足の深手。釣り合いが取れているかは分からないが、踏み込めないままリキャストの終わったスキルを使用する。


「《マジックアロー》」


 魔法の矢は槍の柄で防がれたが、その柄にすぐ剣を叩きつけた。穂先より脆かったのだろう。あっさりと柄が折れる。


 ガラクタ騎士は後ろへ飛び退る。それを待っていたと、すぐに《ヒール》を使用し、足の傷を処置。これで釣り合いは取れた。


 残るは剣と、長さという優位性を失った槍。

 注意深く観察しながら横へ歩いていたのだが、ガラクタ騎士はボロボロの剣を放り捨て、自身の鎧へ2本の腕を突っ込む。


 引き抜かれたのは傷の無い長剣。空いた2本の腕で、問題無く振るえるということだろう。

 チラリと投げ捨てられたボロボロの剣を見る。地面へ突き立っていたが、パタリと倒れた。


「《タウント》。……ん?」


 なぜ自分がそのスキルを選んだかが分からず困惑する。1vs1の状態で、こいつを引き付けて何の意味があるのか。


 しかし、その理由はすぐに明らかとなった。

 動くはずのないボロボロの剣が、意思を持っているかのようにこちらへ


「本体を逃がそうとしていたのか! 《シールドバッシュ》!」


 急にガラクタ騎士の動きから精細さが無くなったのは、本体との距離が離れたからだろう。盾で突き飛ばせば簡単に転ぶ。


 立ち上がろうとしている鎧を無視し、タウントの効果を受け、逃げられなくなった剣の元へ駆け寄る。

 すぐに足でボロボロの剣を踏みつけて動きを止め、真っ直ぐに剣を突き刺す。

 最早なんの手段も残っていなかったのだろう。バキリと音が鳴り、


 それでも油断せず武器を身構えていると、サラサラと音を立ててガラクタ騎士の剣が、鎧が消えていく。

 終わったのかと息を吐いた瞬間、背中を強く叩かれた。


「おいおいおいおい! やるじゃねぇか! まさか、こんなに早く勝つとはな!」

「最初から弱点をある程度見抜いていたものね。サードには観察眼があるってことよ。わたしは勝つと信じてたわ」

「ヒールしたいって顔をずっとしてたくせに嘘つくんじゃねぇよ」

「そんな顔してないから!」


 喜ぶ2人を見て、本当に勝ったのだという実感が湧いてきた。

 静かに息を吐き、拳を握りながら周囲を見回す。全てが消えた中、最後に引き抜かれ、使用されなかった長剣が突き立っていた。


「ネームドの戦利品ってやつだな。いい記念品が手に入ったじゃねぇか」


 長剣を手にすると、なぜかガラクタ騎士への感謝の気持ちが浮かび上がる。敵として戦い、殺した。それだけの関係のはずが、育ててもらったような感触がある。


 だが、そんなものは全て振り捨てた。

 来た道を戻るべく、歩み始める。


「では、第二階層へ行くとするか」


 まだ先は長い。そう思っている俺に、エスティが言った。


「昂っているところ悪いけど、普通に今日は帰るけどね」

「え? 行かないのか?」

「準備もあるしな。帰ってE級に昇級してもらって、ちょっといい飯と酒で祝って終わりだ」


 そういうものかと納得し、ただ頷く。


「ちょっといい飯か。それはいいな。よし帰ろう」


 3人で来た道を戻り、身支度を整えて再度集合。

 プッパの行きつけの店で好き放題食べ、帰って横になる。

 今日はいい一日だった。外へ出てから、最良の日は更新され続けている。


「ずっとこんな日々が続けばいいのだがな」


 眠気を感じながらそう呟いたとき、指先が震えているのに気づいた。

 不思議に思っていると、体も震えていることに気づく。地面が揺れているのかと思い確認したが、そうではない。自分の体だけが押さえられないほどに震えていた。


 毛布を被り、両手で体を抱きしめ、震えに堪えながら、目を閉じて眠りにつく。


 朝起きれば、震えは消えていた。

 その震えがなんだったのか。答えを知るのは、まだ先のことだった。

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