22話 距離感が大切

 この都市、エヴァンジルには3つの広場がある。

 噴水広場と、銅像広場と、ただの広場だ。

 どれもそのままの広場なのだが、まだ行ったことがなく、一番人の少ないただの広場へ向かい、空いているベンチに座る。プッパはすぐ横に立っていた。


「まずカップルというものがどういうものかは分かってるわね?」

「愛し合ってる2人のことだ」

「えぇ、その通り。じゃあ、カップルは2人の時間を大切にしたいので、他の人にあまり話しかけられたくないということは? あまりってところが大事だからね」

「挨拶くらいならばいいが、長居はしてほしくないということだな。プッパトエスティもそうなのか?」


 エスティは無言のままプッパを見る。同じようにプッパを見ると、彼はただ目を逸らしていた。よく分からない。


「わたしたちは大丈夫よ」

「大丈夫? なぜそれが分かったんだ?」

「今の目配せで、わたしたちには特定の相手がいないということを確認したからよ」

「驚いたな。熟練のブレイカーというやつは、あの短い目配せでやり取りができるのか。ダンジョンで連携が取れるのも、そういったものを培ってきたからなのだな」


 素直に感心していたのだが、2人は顔を隠してプルプルと震えている。これもなにかのサインなのかもしれない。


 コホンと1つ咳払いをし、エスティが続きを話し始める。


「次に、カップルや付き合う前の2人には、時間を大切にしたいこと以外に、他の相手に長居してほしくない理由があるわ。なにか分かるかしら?」

「……分からないな」

「嫉妬よ」

「しっと。ん? 嫉妬? どういうことだ?」


 エスティは拳をギュッと握り、力説を始める。


「好きな男が他の女と仲良く話していたらモヤッとするものなのよ。相手が女性なら、他の男と仲良く話していたらモヤッとするということね」

「ただ話しただけでか? ……あぁ、先ほどと同じで、仲良くというところが大事なのではないか?」

「分かって来たわね。男女の距離が近ければドキッとするものだし、意識していると思われるからね」


 それを聞き、あぁと拳で手のひらを叩いた。


「なるほど、理解したぞ。俺も先ほど、エスティが寄って来たときにそういった感情があった」

「えっ!? サ、サードあなた……」

「胸に温かいものを感じた。プッパと話しているときにもたまにあったな。あれが意識しているということか」

「違うわね」

「違うな」


 2人に否定され頭を悩ませる。熟練のブレイカーになるため、学んでおかなければならないことが理解できない。今、過去で一番の難易度の高さを感じていた。

 エスティは呆れた顔にどこか安心した色を見せながら言う。


「ようするに人付き合いでは距離感や観察が大事ってことよ」


 距離感はイマイチだったが、観察と言われ、ピンと来たので頷く。人のことはよく観察しているつもりだ。人は皆違うので見ていて面白いからな。


 立ち上がり、プッパへ笑いかける。彼は不思議そうな顔をしていたが、気にせず抱き着いた。

 逞しい体だ。引いた顔をしていたが、そのまま話をする。


「つまり、仲間であるプッパとの距離感はこれでも問題無いが、知らない人とは一歩距離を取って話すということだな?」

「いや、近い近い。もう少し離れろ」


 言われた通りに離れ、今度はエスティへ顔を寄せる。

 彼女は少し身を引いたが、手を伸ばして髪に触れた。


「これなら半歩くらいだ。しかし、見れば見るほど美しい髪だな。赤が混じっているのは、元々が赤髪だからか?」

「あ、赤が混じってるのは賢者ワイズマンの血が入っているからよ。ロウとかも髪の一部が赤いでしょ?」


 確かに、ロウの髪も一部が赤かったし、他にも髪へ赤の入っている者がいた。

 しかし、肝心なことが分かっておらず、首を傾げる。


「ワイズマンとは誰だ?」

「ワイズマンは個人じゃない。強い魔力を秘めた血筋の家系だ。真っ赤な髪をしているのが直系。エスティみたいに混ざってるのは、祖先のどっかにワイズマンの直系がいたってことだな」

「その血が混ざっているだけで強い魔力を得られるのか?」

「まぁそういうことなんだが、ワイズマンの直系を悪用したいやつが多すぎて、彼らは姿を見せなくなっちまったんでな。真っ赤な髪のやつなんて見たことがないだろ? オレだって2~3人しか見たことねぇよ」


 ワイズマンの直系と子を成せば、永続的に一族は強い魔力を持てる。

 そう考えれば悪用されるのは納得だが、自分の魔力が強くなるわけではない。

 後2年以下の命である俺からすれば、気長な考えだなとしか思えなかった。


 エスティのずっと触っていられそうな美しい髪を指先で遊ばせていると、彼女は顔を赤くしながら俺の体を押し、離れさせる。


「サ、サード! 女性の髪はね、気安く触っていいわけじゃないのよ!? 許可を取りなさい」

「触ってもいいか?」

「だ、ダメに決まってるでしょ! バカ! アホ! 信じられない! 距離が近いのよ! バカアアアアアアアアア!」


 走り去って行くエスティの背を見送っていると、プッパが深くため息を吐いた。


「サード、途中で理解してただろ」

「何の話だ?」

「とぼけんじゃねぇよ。本当に分かってねぇなら、オレより近くにいたエスティを抱きしめていたはずだ」


 バレてしまったかと、クツクツと笑ってみせる。

 色々言われたので、少し意地悪をしたくなってしまったのだ。

 プッパもそれを別に悪いとまでは思っていなかったのだろう。ただ笑顔で鼻を鳴らす。


「まぁ、たまにはこういうのも……お? おおおおおおおおおお!?」


 何かへ掴まれているかのように、体が引っ張られて行く。

 地面を引きずられ、体が痛い。


「う、腕輪だ! 愛の試練! 一定以上の距離から離れられないって言ってただろ!?」

「エスティを止めてくれ。頼む。すりおろされてしまいそうだ」

「もうすりおろされてんだよ! エスティ! 止まれ、エスティ!」


 少し離れたところからエスティの声がする。


「どうせ本とかで知った知識で偉そうにしてたわよ! 2人の時間とか! 嫉妬とか! 距離感とか! 髪とか! 近付かれてドギマギしている姿を見て、滑稽だと面白がってたんでしょ!」

「そうだったのか。全部口に出してくれたお陰でまた1つ学べたな」

「サードは血が出てんのに冷静に答えてんじゃねぇよ! そりゃエスティのことには気づいてたし面白いから放っておいたが、滑稽とまでは思ってねぇから止まってくれ! サードがスムージーになっちまうぞ!」

「ちょっとくらい恋愛とか語りたくなってもいいじゃない! そういう歳なのよ! バカアアアアアアアアアアアアアアア!」


 恋に憧れる女性とは、エスティのような心情なのかもしれない。

 数分後。謝りながらヒールを掛けてくれるエスティを見ながら、恋愛も人間も難しいなと、理解できないことを理解して一日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る