21話 恋という言葉は知っている
翌日は休息日とした。
理由は情報の整理をするためというわけではなく、ただ単純にガラクタ騎士の予約が取れなかったからだ。
シャルム王国を経ってから二ヶ月と少し。順調なほうだとプッパたちも言っていたので、決して悪くない進行具合だ。
体を休めることを目的としているため、ダラダラと3人で街中を歩く。
「いいな。こういう時間がなによりも楽しい」
「早い早い。あのな、サード。そういうのはもうちょっと歳食ってから言うことなんだよ」
「サードって年寄り臭いところあるわよね」
「麗しき18歳なのだがな」
「その言い方がすでに少しだけ年寄り臭いわ」
むぅ、と口を尖らせる。ごくごく普通の18歳になれてきたと思っていたのだが、まだ普通は遠いようだ。
《エヴァンジル》はダンジョンがあるだけあり、店の数も豊富にある。他との差をつけるためか、店の前に小さな露店を出す店も多い。
そんな露店を眺めながら進んでいると、エスティが足を止める。
「なにこれ? 手錠? 効果次第ではモンスター相手に便利そうね」
「お目が高い! そちらは新商品の《愛の試練》となっております!」
「さ、行きましょうか」
エスティはほんのり顔を赤くして離れようとしたが、しょんぼりした店主がかわいそうなので声を掛けてやる。
「まぁ待て。どういった商品なのだ?」
「サードは分かってないと思うけど、それは興味を持つ商品じゃないわよ」
「聞くくらいは良いではないか。教えてくれるか?」
パッと店主が表情を明るくする。
「はい、もちろんです! こちらはですね、仲睦まじい2人の愛が真実のものかを試す商品となっております」
「真実の愛? 興味深いな」
「こちらの商品は、自分の意思でしか装着できず、対となる相手にしか外せません。それだけでなく、一定以上の距離からは離れられません」
「ほーん。つまり、お互いに愛があれば外す必要もなく、邪魔になれば外してもらえばいいってことか。他に外す方法はあるのか?」
「クリエイトさんが言うには無いらしいです」
「クリエイト? あの魔獣玉を作ったクリエイトか? こりゃロクでもねぇ商品で間違いねぇな」
プッパが呆れている中、手錠を取って見てみる。2つで対となっているようだが、傍目からすれば腕輪にしか見えない。
しかし、この腕輪の効果は、どことなく身に付けている仮面に近い物を感じる。
1度、クリエイトという名の制作者と話をしてみたいところだ。
マジマジと腕輪を見ていたら、その1つをエスティが持っていく。
「そもそもの話なんだけど、サードは恋愛とか分からないでしょ」
「あん? どうしてそう思うんだ?」
「気づいてなかったの? まぁ、ちょっと見てなさい」
エスティはスッとプッパに体を寄せる。スッとプッパは一歩下がった。
「お、おい、突然なんだ?」
「じゃあ、次はサードね」
先ほどと同じように、エスティが体を寄せて来る。よく分からないので近付いてみたら、素早い動きで距離を取られた。
「こ、こういうことよ! サードは相手を意識してないのよ!」
「なるほど。普通はまぁ、ドキッとしたりするもんだからな」
「だから、愛の試練だか何だか知らないけれど、それ以前の問題なのよ。こんなもんを着けたって分からないものは分からないわ」
エスティが自分の腕に愛の試練を装着したのを見て、俺は小さく声を上げた。
「あっ。……まぁ大した問題ではないか」
「問題ってなにが――ああああああああああああ!? どうしてサードも装着してるのよ!」
「面白そうだったので、少し着けてみただけだったのだがね。どうやらタイミングが悪かったらしい」
どれ外してやろうと、エスティの腕に手を伸ばす。
だがしかし、なぜかプッパに止められた。
「せっかくだし着けて一日過ごせよ。恋愛感情はともかくとして、人間関係を学ぶ経験になるんじゃないか?」
「な、なんでわたしがその相手をしないといけないのよ」
「恋愛感情や相手への意識、人間関係を学べるか。トキメキというやつだな。ぜひ体験してみたい。……が、エスティに迷惑はかけられんな。他の人に頼むとしよう」
エスティの腕に手を伸ばすと、今度は彼女自身に止められる。
「他の人って誰に頼むのか教えてくれる?」
「わたし以外の相手ってのも腹が立つわね! ってことか?」
「そういうことじゃないわよ! それで誰!」
ニヤニヤするプッパと、カリカリするエスティ。
面白い様相の2人に見られ、俺は淡々と答える。
「プッパだ」
スッと2人の表情が消えた。いや、死んだといったほうが近いかもしれない。
ただ答えを間違ったらしきことは分かっていたので、別の人物の名前を上げる。
「ロウならどうだろうか。……ダメ? ならば、アマネセルのカウンターにいた……ダメ? ギルドの受付をしている……ダメ? あぁ、デトなら……ダメ? デトのクランのマスター……ダメ?」
この短時間でこれほどダメと言われ、全ての答えを否定されるとは思っていなかった。
しかし、できるだけ親交のある相手を選んだつもりだっただけに、次の相手が浮かばない。
頭を悩ませていると、エスティが少しだけ悲しい顔で腕に触れた。
「うん、やっぱりね。普通は手錠を着けさせてくれないってところもだけど、根本的に分かってないところがあるわね。……うん、決めた。今日一日、わたしがサードの彼女役をしてあげるわっ」
「あぁ、そうしてやってくれ。オレもこいつのヤバさに気づいちまった」
同情した目の2人を見て、自分には決定的に足りないものがあり、それを埋めてくれようとしていることを理解する。
ならば、断る理由はない。信頼している2人の案を受け入れ、さらに先へ進もうではないか。
「よし、分かった。今日一日よろしく頼むぞ、エスティ」
「任せて、サード。カップルを見抜く目と、そこに割り込んではいけない理由を体に教えてあげるわ」
エスティと固く握手をする。
大変な一日が始まろうとしていた。
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