18話 見えない毒の刃

 アマネセルのクランハウスの3階に、マスターであるロウの部屋はあった。


「良い部屋だな。しかし、1階のほうが他の人も便利なのではないか?」


 有事の際も気づきやすい。そう思って聞いた俺に、ロウは肩を竦める。


「倉庫を上の階にすると、物品の持ち出しが大変になるだろ? だから、僕の部屋は上になったっていうことさ。外の様子を見やすいのは利点だと思っているけどね」


 上には上の利点があるし、そうせざるを得なかった理由があるということだ。

 扉がノックされ、眼鏡の麗しい女性が机に紅茶を置き、一礼して下がる。


 ロウは紅茶を一口飲み、こちらを見た。


「それで、どんな用事で来たんだい? 遊びに来たのかな?」

「実は相談したいことがあってな。今、うちのクランは俺を成長させることに注力してもらっているのだが、プッパとエスティの鍛える時間を奪ってしまっているだろ? 何か良い手はないものだろうか」

「他のクランのマスターへ頭を下げ、教えを乞うことができるのは君の美点だね」


 俺に2人を鍛えることはできないことは分かっている。

 ならばロウという、出会った中で最上位のブレイカーに聞くのは至極当然。効率を考えれば先達に聞くのが一番早いということだ。


 ロウは少し考えた後、口を開く。


「より強い人と組ませることだろうね。上の強さの人と共闘していれば、自然とその強さに慣れていく。気づけば実力が上がっているよ」

「まぁ、やはりそうなるか。共に行動しているとき以外は、強いブレイカーと組ませて成長を促すのが良さそうだ。多少大変にはなるが、今後のためにやってもらうことにしよう」

「今後のために? エスティさんも反論しないみたいだけれど、サードの方針には賛成ということかい?」

「別に間違ったことは言っていないからね。でも、いいのかしら? わたしたちがドンドン強くなったら、サードが追いつけることは無くなっちゃうわよ」


 フフンと自慢げに言うエスティへ、首を傾げながら答える。


「よく分からんが、俺が一番強いことが変わることはない。存分に強くなってくれ」

「一番強い? いやいや、どう考えてもわたしたちのほうが強いでしょ」

「個人ではそうかもしれないが、俺には常にエスティとプッパがいるからな。2人が強くなればなるほど、マスターである俺の強さも上がる。差が埋まることは無い」


 エスティは目を瞬かせた後、口を尖らせた。


「そうなんだけど、ちょっとズルいわね。……まぁ、仲間って感じはいいけど」


 ニヘッとエスティが笑う。変な態度ではあるが、どこか嬉しそうな顔をしているからいいだろう。

 話を聞いていたロウは、うんうんと頷く。


「マスターの強さは仲間全員の総合力か。確かにその通りだ。マスター個人の強さには限界がある。僕もその考えは見習っていくよ」


 別に大層なことを言ったつもりはないのだが、妙に感心されている。改めて感じ入るところがあった、みたいな感じなのかもしれない。


「それで、ロウに頼みがある」

「うん、いいよ。プッパさんとエスティさんとは、僕も組んでやりたいことがある。都合の良さそうなクエストがあるときは連絡するよ。お詫びにもなるからね」

「できる男は察しが良くて助かるな。しかし、詫びとはなんの話だ?」


 問いかけると、ロウはエスティを見て、静かに頭を下げた。


「調査を行い、噂を流した本人に、くだらない噂を流さないように頼んでおいた。すぐに止まるとは思わないが、これで僕の怠慢を許してもらいたい。すまなかった」


 エスティが絡んでくる相手が減ったとは言っていたが、裏でロウが動いてくれていたのか。

 想定外だったのだろう。エスティはあたふたとしていたが、彼と同じように俺も頭を下げた。


「うちの仲間のために、動いてくれたことに感謝を」

「礼はいらないよ。これは僕の怠慢でもあった。行動が遅すぎたと思っているくらいさ」

「それでもさ。改めて深い感謝を」

「……ありがとうございます」


 頭を下げる前に見えたエスティの目は潤んでいた。助けてもらえなかった過去。助けてもらえた今。色々な感情が揺れ動いていることは想像に容易い。

 それを見たロウは、「良かった」と小さく息を吐いた。



 アマネセルのクランハウスを出るとき、見送ってくれたロウが言う。


「そういえば帰り道には気を付けてね。最近、街中で変死する人が増えている」

「変死? どんな死に方をするんだ?」

「毒殺みたいなんだけど、しっかり見ないと刺し傷の確認もできず、血も出ていないおらず、刺されたことにも気づいていないという話だ。狙われた人にも共通点がなく、頭を抱えているってさ。通称は『見えないクリア殺人鬼キラー』だってよ」

「ふむ。そう簡単に出会うとは思えないが留意しておこう」


 ロウに別れを告げ、2人で他愛もない話をしながら道を歩く。

 途中で、ドンッと老年の男性とぶつかる。


「あぁ、すみません」


 男性はペコペコと頭を下げ、その場から立ち去っていく。

 俺はその背が見えなくなるまで、興味深く見ていた。

 それに気づいたエスティが不思議そうな顔で聞く。


「どうしたの?」

「まさか、本当に出くわすとは思わなかったな」

「さっきのお爺さんのことを言ってるの? 特徴もない普通のお爺さんだった気がするけど、財布でもすられた?」

。この感じからして毒が塗られているな。ロウが話していたクリア・キラーの可能性が高い」


 服の中に手を入れ、刺されたであろう部分に触れる。薄っすらと線のようなものはあるが、血が出た感触はない。


「血が出れば毒も流れ出てしまう。効果を上げることを考えれば、血は出ないほうがいい。効率的だな」

「なにを冷静に言ってるのよ! 傷口を見せて! 後、騒ぎなさいよ! 捕まえられたかもしれないじゃない!」

「確かに、その通りだな。あまりの衝撃に声が出なかったよ」


 エスティは服を脱がし、教えた部分を撫でる。


「……回復魔法はかけておくけれど、これは普通じゃないわね。目で見てもほとんど傷口が分からないわ」


 周囲がざわついている。

 真剣な表情のエスティの肩を叩く。


「注目を浴びてしまっているようだ。場所を変えよう」

「注目? ……あっ」


 エスティは顔を赤くし、俺の腕を引いて速足で移動し始める。

「また変な噂が流されないわよね? 大丈夫よね?」

「ただ傷口を確認していただけではないか」

「客観的に見れば、往来の真ん中で男の服を脱がして、胸元を撫でていた女なのよ!」

「なるほど。それはダメそうだな」

「いやー! ダメとか言わないでー!」


 発狂しかけているエスティと共に、寮の自室へと入る。

 冷静さを失いながらも傷を調べていた彼女は、厳しい顔つきを見せた。


「解毒の効果が薄い? 知らない毒? 情報が足りていないわね」


 エスティは毒の解析を行いながら魔法を行使しているのだが、情報源となる血液が足りていない。

 このままでは厳しいなと判断し、彼女を手で押しのけた。


「待って、まだ治療中よ」

「血を出して情報を増やし、ある程度の毒も抜く」


 手に痺れを感じながら、ゴミ箱として備えられている鉄製のバケツをひっくり返し、縁に首をくっつけた。


「サード、まさか――」


 取り出したナイフを喉元に突き刺した。

傷口からは血が吹き出し、バケツに注がれていく。


「――不死身」


 目の当たりにしたのが初めてだからだろう。

 エスティは動揺していたが、両手で頬を叩き、キュッと顔を引き締めた。


「毒の解析をするわ。回復魔法で傷口を塞ぐから、抜くのを止めるときは教えてね」


 トントンと彼女の腕を叩く。


「うん、ちょっと待って。今は解析を……ん? もしかして、血を抜きすぎてるの!?」


 喉を刺したのは失敗だったな。死にはしないのだが、話せなくなることを考えていなかった。

 毒もドバドバ流れ出しているはずだが、それ以上に血液が流れだしている。体に残り続けると回復に時間がかかるからと、派手にやりすぎてしまった。


 あたふたとしながらエスティは喉に回復魔法を行使する。


「全力でやるから! 大丈夫! 少し耐えて!」

「もう傷は塞がっている。毒の解析を頼む。すぐに抜いたのが良かったんだろう。かなり調子は良い。ゲフッ。血だ」

「血を吐きながら言わないでくれる!? というか、傷の治りが速すぎない!? あぁもう、とりあえず解析するわ!」


 数分後。傷は塞がり、毒の解析も済み、解毒もしてもらった。


「喉を刺したのは失敗だったが、良い経験になったな」

「……わたしは満身創痍だけどね」


 ぐったりとしているエスティに、とりあえずお疲れさまと告げておいた。

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