17話 順調すぎる滑り出し
エヴァンジル第一階層のモンスターを全て倒す。
プッパの出したその課題をクリアすべく通いだして数日。
今日は久しぶりの休日と定め、プッパの部屋で穏やかな時間を過ごしていたのだが、言い出した本人であるプッパは渋い顔をしていた。
「ここまでは順調だ。タンクとしての適正もある気がする。常に冷静でいられるのはサードの強みだ」
「褒めてくれるのはありがたい。だが、なぜ嫌そうな顔をしているのだね?」
「次々とスキルを習得して、それを普通に使いこなしてるのがおもしろくねぇからだ」
「手札は多いほうがいい。サードみたいに攻撃力の低いタンクは、頭で戦わないといけねぇからな。って言っていたじゃない」
「一応聞いておくが、エスティのそれは誰の真似だ」
エスティはただ笑顔を返す。
自分のことだと分かっていたのだろう。プッパはチッと舌打ちをした。
「魔力も増えてる。F級で最下位の強さだったが、今はもう少し強い。真ん中より下くらいか」
「先は遠いな」
「速すぎるっつってんだよ! 1年くらいはF級で苦しむのが普通ってもんだ!」
「その遅さでは死んでしまうではないか」
「クソッ、その通りだ。正しいし良いことだが納得できねぇ。A級にトントン上がっっていったやつらもこんなだったのか」
「あの人たちはちょっと次元が違うわよね」
「トントンと2年でB級に上がった天才にも言われたくねぇんだよ!」
彼には彼で色々思うところがあるのだろう。14年という長いブレイカー期間と、感じてしまった限界。
俺が順調であればあるほど、プッパには焦りが出るのかもしれない。
「だが、俺が成長できているのも、それを実感できているのも、プッパという優秀なブレイカーと、エスティというヒーラーの先生が教えてくれているからだ。初心から学べではないが、ここから自身の成長に繋がるものを見つけてくれることを望むよ」
「A級みたいな速さで成長してるやつから学ぶものなんてねぇって言ってんだろうが!」
プッパはブツブツと、スキルを増やすか? それともさらに極めるべきか? と1人で呟く。
その姿を見て困っている俺に、エスティが小声で言う。
「ちゃんとプッパさんも学んでるわよ。悩めるっていうのはそういうことだからね」
「なるほど。成長の限界を感じてしまったものは、打つ手が無くなってしまっているので、なにに悩めばいいかすら分からないのか。胸にとどめておく」
「聞こえてるからな!? もういい!」
バンッと机を叩き、プッパが立ち上がる。
「やめだやめだ。オレは行きつけの店で飲んでくる。お前らも勝手に休め。危ないことはするなよ。なにかあれば連絡しろ」
苛立っているのか心配しているのか。心根の優しさを隠し切れないまま、プッパは部屋を出て行ってしまった。
その背が見えなくなった後、エスティは肩を竦める。
「プッパさんは本当に強いのよ。わたしに変なやつらが寄って来たくないと思うくらいに。A級クランからスカウトもされてるのにね。自覚できないのは、自信を取り戻せないからかしら?」
エスティの言葉で思い立ち、俺も立ち上がる。
「少し行きたいところができた。エスティはなにか予定があるのか?」
「1人で出歩くのは怖いのよね。良ければサードと一緒に行ってもいい?」
もちろんだと頷き、主の居なくなった部屋を後にする。
外の面している大通りを歩いているとき、エスティが首を傾げながら聞いて来た。
「どこに行くの?」
「《アマネセル》のクランハウスに」
エスティは一瞬ギョッとした顔を見せたが、なにかを悟ったように額へ手を当てた。
ブレイカーギルドから徒歩10分ほどの好立地に、アマネセルの巨大なクランハウスは建っている。
実績のあるクランには、有事の際に備えて、より良い立地の物件が与えられると、エスティが教えてくれた。
「前を通ったことはあったけれど圧倒されるわね」
息を飲んでいるエスティに、俺も頷く。
「あぁ、そうだな。これが彼らの強さを表す象徴でもあるということだ。では行くとしよう」
「もうちょっと躊躇いとかないわけ!?」
なぜか呆れられながら、クランハウスの扉を開いた。
入ってすぐ正面にはカウンター。その後ろには上へ続く階段。左右には机が並んでおり、十数名のブレイカーの姿があった。
「み、見られてるわね」
「人が入ってくれば目を向ける。自然なことだ」
どうせ居るとすれば上だろうと、階段を目指して歩を進める。すぐに止められた。
「え、あの、止まってください。その、お顔に見覚えがないのですが、誰かのお知り合いでしょうか?」
「あぁ、仕事中に済まない眼鏡の良く似合う美しいお嬢さ……いや、これはいけないんだったな。用は勝手に終わらせるので心配しないでくれ。手を煩わせて悪かったね」
胸に手を当て、礼を告げ、また足を進める。
だがすぐにマントを引かれて止まった。
「エスティ?」
「あのねぇ! 仮面で上半分が見えない怪しい男が! 受付もせず! 堂々と! クランハウスの奥へ行くのを! 見過ごすわけがないわけがないでしょ!?」
言われて周囲を見ると、困った顔で武器を握るブレイカーたちに囲まれていた。
すぐにでも取り押さえられるが、どうしたものかと顔に浮かんでいる。
「ふむ、それはすまなかった。俺の名前はサード・ブラート。クラン名は……決めていなかったな。《変な仮面男と仲間たち》でいいか。ロウは上に?」
「思い付きでクラン名を決めないでくれる!? 違います! わたしたちは、ロウさんの知り合いでして……」
半泣きで説明をするエスティを見ながら、俺は隣に立っているアマネセルのブレイカーに話しかける。
「やれやれ。そちらも色々と大変そうだな」
問いかけたブレイカーは、とても気の毒そうな顔を見せる。
面倒な手順を踏んでいるエスティに同情しているのだろうと、俺は同意して頷いた。
エスティが紙になにかを書き込もうとし始めたとき、階段から目的の人物がヒョコッと顔を覗かせる。
「なにを騒いでいるんだい? あれ? サードじゃないか」
「やぁ、ロウ。少し話したいことがあり来たのだが、入り口で止められてしまってね」
「危険物でも持ち込んだのかい?」
「手続きを! 踏んでいないからよ!」
それを聞いたロウもまた、なぜか気の毒そうに苦笑いを浮かべているのを見て、手続きというものを踏む大切さを学んだ。
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