16話 ダンジョンで油断するべからず
――翌日。
調整された装備を受け取った後、俺は2人と共に壁の内側へ入り、エヴァンジルの前に立っていた。
入口は広く、地下へ続く階段がある。壁には明かりが設置されており、奥へと続く道しるべとなっていた。
周囲には複数の衛兵。警備のためのはずだが、その数は少ない。
「もっと大勢が配置されているのかと思っていたのだがな」
「警備の数が増えるのは夜間だ。日中はブレイカーの数も多いから、十分に数は足りてるってことさ」
異変があれば協力して事に当たる。ブレイカーは探索者であり、警備員でもあるということだ。
もちろんそれは自分たちも同じであり、招集が掛かればすぐに動かなければならない。
「弱きを助け、強きを挫く。ブレイカーとはかくやあらんと望まれているらしいわ」
「かくやあらん?」
「そうあってほしいということよ」
弱い者を助け、横暴な者はこらしめる。
良き言葉だなと、胸に手を当て言葉を深く刻み込みながら、福音のダンジョン《エヴァンジル》へ足を踏み入れた。
中は岩肌の広い洞窟。
壁こそ自然を感じられるが、道はある程度整っており、明かりもかなりの数が設置されているので、暗いと思うこともなかった。
興味深く観察していると、ポンッと肩を叩かれる。
「イメージしてたダンジョンと違ったか?」
「あぁ、そうだな。もっとこう、薄暗くて荒れていて、どこから敵が来るかも分からないものだと思っていた」
「第一階層は一番多くのブレイカーが訪れ、通り抜ける場所だからね。みんな余計な苦労はしたくないから、自然と整えられたってわけよ」
草が生い茂っていても、人が通り続ければ道となる。何度も使われれば、石畳が敷かれて歩きやすいように整えられる。
それはダンジョンでも同じことのようだ。
壁に矢印も書かれているので、その通りに進んでいるとプッパが渋い声を出す。
「あまり矢印を頼りにするな。安全な第一階層で、ちゃんと地図を確認して進む練習をしておけ」
「しかし、矢印に偽りはなく、地図の通りに進んでいるだけだからな。他の道も全部確認したほうが良いということか?」
「まぁ宝箱とかがありはするが、第一階層じゃ大した物は出ねぇよ。……待て。地図の通りに進んでるって言ったか?」
ただ頷く。プッパは目を瞬かせた。
「おい、サード。もしかしてだが、第一階層の地図を大体覚えてるのか?」
「大体ではなく、完璧に覚えている。この街に来た日から、空いた時間があれば眺めていたからな」
「第一階層の地図は誰でも手に入るものね。覚えていても不思議はないわ」
「いやいや、エスティはなにを納得してやがる。第一階層だけとはいえ、それなりの広さがあるんだぞ?」
「正直、スキルを習得したときに比べれば大したことじゃないわよ」
エスティはしれっとしていたが、プッパは複雑な心境を顔に浮かばせる。
スキルの習得や地図を覚えることに苦労したタイプなのだろうと察せられた。
俺は緊張しながら一番前を進む。タンクなので、最初に敵と接敵するためだ。
そのすぐ後ろをプッパ。最後尾をエスティの並びで進んでいる。
後ろからの襲撃を警戒しなくていいのか? と聞いたが、プッパはどちらにも対応できる距離を保っているらしい。さすがは熟練のブレイカーというやつだ。
ふと、前から物音が耳に入る。覗き込むとホンホンラビットが1匹見えた。
後ろにいるプッパたちへ聞く。
「敵を発見。準備はいいか?」
「構えろ!」
「え?」
咄嗟に体が動き、盾を構える。
ドンッと強い衝撃を受け、数歩後ろへ下がった。
「素人に毛が生えただけのサードと、この環境に生まれたモンスター。どちらが先に敵を発見しているかなんて分かり切ってることだ。常に、先に仕掛けられるかもしれないと備えておけ」
プッパの言う通りではあるのだが、返事をする余裕はなく、ただ2匹の突進を防ぐ。
盾とホンホンラビットの角が接触するたびに、衝撃と音が響く。
しかし、すでに戦ったことがある相手だからだろう。少し経てば対処にも慣れて来た。
盾で受け、離れるより早く押して相手の体勢を崩す。できた隙を狙い、ショートソードで攻撃だ。
いつもと同じように動き、いつもと同じように防ぎ、いつもと同じように攻撃する。
自然と行える自分に成長を感じながらショートソードを突き出した。
……気づいたとき、俺は片膝を着いていた。
息ができない。腹部に僅かな痛み。鎧に角の当たった跡。苦しい。
「防げ! すぐ立て!」
盾を前に出すと、すぐに衝撃が来て尻を着く。
立ちたいのだが立てない。息もまだ整わず、その状態でどうにか盾で受け続ける。
「《ヒー……」
「やめろ、エスティ。気持ちは分かるが、サードには時間が無い。オレたちが、こいつの成長に必要な時間を妨げることだけは、絶対にしたらダメだ」
「……うん」
エスティからの回復は来ない。仲間は助けてくれない。1人で乗り越えろと、プッパは言っている。
しかし、ヒントは十分にもらえた。
両手で盾を支え、攻撃を防ぎながら、声を絞り出す。
「《ヒー、ル》!」
急速に息が楽になり、体に力が入る。
少しずつ体勢を立て直し、ようやく最初の状態まで戻せた。
攻撃を防ぎながら考える。
弾いたが、ホンホンラビットは気にせず突っ込んで来た。外と中のモンスターは獰猛姓がまるで違う。相手を殺すことを優先するため、多少の怯みでは動じないのだろう。
もっとしっかり怯ませるにはどうすればいいのか。
敵は一体なので《タウント》で引き寄せても意味がない。《ヒール》は回復なので同じく今は意味がない。我武者羅に剣を振るのは論外。受け流す技量はなく、回避すれば自分の隙が増える。
できることは……耐え続け、より強く弾き、しっかりと怯ませることだけだな。
分かってしまえば迷うことはない。腰を落とし、攻撃を受け、全身で押し返す。
1度、2度とタイミングが取れず失敗したが、徐々に感覚が掴めていく。
いや、それだけではない。ホンホンラビットの動きも鈍っている。体当たりを繰り返していたが、体力を失っていっているのだ。
今までより遅く弱い衝撃を盾で受け、突き動かされるように体を押し出した。
「……ここか!」
大きく弾かれたホンホンラビットが地面を転がり、ヨロヨロと立ち上がろうとする。
だがそれより先に距離を詰め、剣を体へ突き刺した。
ビクリと体を大きく跳ねさせたが、油断せずに盾を構えながら、さらに何度も突き刺す。
完全に動きを止めたところで、俺はようやく息を吐いた。
「ふぅー! 仕留めたぞ!」
「やるじゃない。タンクらしい戦い方だったわ」
「うむ、次に繋がる良き経験が積めたな」
「まぁ30点ってところか。もっと強かったり、動きの速いモンスターだったり、数が多かったら負けてたぞ? すぐに立ち上がる癖をつけろ。タンクが動けなくなれば、それだけ味方の行動も制限されるんだからな」
俺は素直に頷いていたのだが、エスティは肘でプッパの脇腹を突く。
彼はウッと呻いた後に、自分の頭をポリポリと掻いた。
「……ダンジョンでの初戦と考えればかなり良かったんじゃないか。次もまぁ、死なないように慎重にやれ」
なんとも言えない顔で褒めるプッパに、俺は笑顔で答える。
「死なないけどな」
「うるせぇ! そういうことじゃねぇだろが!」
「冗談だ」
「こ、この野郎……! 次だ、次行くぞ! 時間がねぇんだからな!」
肩を怒らせ前を歩き始めたプッパの背を、俺はエスティと笑いながら追いかけて行った。
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