14話 この身は不死であると打ち明けた
プッパ殿に連れられて来た居酒屋の個室で食事を取る。
外に出てから本当に食事が美味だ。体を動かせるようになったことも関係していそうだ。
俺はこのように楽しんでいたのだが、両隣にいる2人は机に肘をつき、俯きながら暗い顔をしていた。
「はぁ……。まぁ、あれだ。ロウはいいやつだからな。たぶん問題にはならないだろ」
「たぶん、ってところに不安があるんだけど」
「大丈夫だ……たぶん」
ロウは別に怒っていなかったし、後で何かしらがあるとは思えない。
しかし、2人が頭を抱えているというのに平気だと思っている俺には、そういった危機感が足りていないのだろう。
プッパ殿は一頻り悩んだ後、顔を上げ、両手を開いた。
「やめだやめだ。どうなるか分からねぇことを考えても始まらねぇ。今はまず、こっちの話を進めることにしようぜ」
「あぁ、俺もそのほうが正しい意見だと思うよ」
「サードに言われるのは釈然としないけれど、確かにそうね。わたしたちの今後の話をしましょう」
ジトッとした目で見られたので笑顔を向けると、2人の目はさらに湿度を増す。
まるで、もう少し責任を感じろと言われているようだった。
「で、サードのことは後にして、オレから始めるか。名前はプッパ。歳は32。C級ブレイカー。メインはタンクとアタッカーがCだ」
「サブじゃなくて?」
「元々はメインアタッカーのサブタンクでやってたんだが、ソロになってからの5年間は需要の高いタンクをメインにしてたんでな」
メインとサブとは、
パーティーでは2~6人の編成が多いと聞いているが、タンクとヒーラーは人手不足なこともあり、需要が高いらしい。
次に、エスティが自分の紹介を始める。
「エスティ・カエラ。17歳。B級ブレイカーよ。ヒーラーはB。アタッカーはD。ブレイカーになってから3年目ね」
「3年目でB級か。才能ってやつの差を感じちまうな」
「そうね、かなり早いほうだという自覚はあるわ。でも、プッパさんはアマネセルにスカウトされていたんでしょ? 入っていれば全然違ったと思うわ」
「だが、入ったわけじゃないからな。そこら辺についても話しておきたかったから、個室に来たってわけだ」
「その前に俺も紹介を」
「サードは後だ」
「サードは後よ」
同時に言われてしまい、ただ口を噤む。
マスターの紹介は、やはり最後が似合うということだろう。
2人は自分の抱えていた問題をポツポツと伝え合う。
ブレイカーとしての限界や壁。傷ついた仲間。引退を選べなかった弱さ。
早すぎる昇級。周囲からの嫉妬。才能よりも容姿や女を求められること。覚えのない黒い噂。
改めて聞けば、順風満帆とはいかないものだなと思わざるを得ない。
強くなるための努力だけでなく、うまく進むための努力も必須ということだ。
すでに知っている2人の長い話をただ聞いていると、区切りがついたのか。黙った2人がこちらを見た。
「で、次はサードの話だが、先に言っておきたいことがある」
「ふむ。なんだろうか?」
「オレたちはついて行くと決めた。だから、サードの過去になにがあろうと、今さら抜けるつもりもねぇ。だから、正直に教えてくれ」
プッパ殿の言葉に、エスティも頷く。
厚い信頼に深謝しながら、自分の紹介を始めた。
「俺の名前はサード・ブラート。歳は18……くらい? F級ブレイカーになったばかりの新人だ」
「……それで?」
「終わりだ」
「いやいや、あのねぇサード。わたしたちにはなにも話せないってわけ?」
「冗談だ。場を和ませようとした」
「それは性質が悪いほうの冗談だからね!?」
「うぅむ、悪気はなかったのだが謝ろう。しかし、なにが聞きたいのかもよく分かっていないのでな。質問形式にしてもらいたい。可能な限り答えることを約束しよう」
渋い顔を見せられるかと思っていたが、2人はあっさりと頷く。
全ては答えないだろうと予期されていたのかもしれない。
プッパ殿は無精髭を撫でながら、質問を口にする。
「まずは、そうだな。記憶喪失ってのは本当か?」
「いや、嘘だ」
「お、おう。あっさり認めやがったな」
「可能な限り答えると言ったではないか。俺は外のことをあまりにも知らないものでな。記憶喪失とほぼ変わらないのと、都合が良かったというのもある。悪用はしていないつもりだ」
「悪用してるようなやつだったら、オレたちもついて行くと決めてねぇよ」
一定の信頼はあり、悪人ではないと思ってもらえてるようだ。
ありがたく思いながら、次の質問を受ける。
「名前は? 当然、偽名よね?」
「あぁ、偽名だ」
「本当の名前を名乗らなかったってことは、そこになにかあるのよね。教えるつもりはないんでしょ?」
「その通りだ。教えるつもりはない」
「じゃあ、名前のことはもう聞かないわ。代わりに、その面について教えてくれる?」
これか、と顔の上半分を隠している面に触れる。
少し考えた後、エスティに答えた。
「この面には正体を隠蔽する力があるだけでなく、着けた者にしか外せない仕様になっている」
「サードにはなにかしらの目標があり、それを達成したらその人の元へ帰るってことね。ちなみに最終的な目標は?」
「前にも言わなかったか? エヴァンジルを踏破することだ」
「……やっぱり本気だったのね」
頭を悩ませているエスティたちに、彼らを信用して、伝えていなかったことを口にする。
「そういえば言っていなかったが、俺には呪いがかかっており、2年以内にエヴァンジルを踏破し、その報酬で願いを叶えなければ死ぬ」
「「……は?」」
キョトンとしている2人の内、先に我を取り戻したのはプッパ殿だった。
「それが事実だったとしよう。だが無理だ。サードが、エスティやロウほどの天才であり、オレほどの経験を備えている熟練で、それ以外のあらゆることがうまくいったと仮定しよう。それでも2年での踏破は無理だ。もしその程度のことで可能ならば、他のクランがとっくに踏破してる」
プッパ殿は、その2年を使ってエヴァンジルへ挑みながら、別の方法で解呪することを提案する。
それはとても現実的な案に思えたが、その程度のことで可能ならば、呪いはとっくに解呪されている。
これまでに積み重ねられた犠牲が、ダンジョンの踏破で掛けられた呪いという事実が、プッパ殿の優しい案を否定していた。
「まず、説明が足りていなかったことを謝罪する。この呪いはダンジョンを踏破した者により掛けられたものだ。対等な力でなければ呪いを解くことは難しいだろう」
「ダンジョンの踏破者? 他のダンジョンはすでに踏破したやつが出てるのか?」
日記ではダンジョンを踏破したという事実を隠蔽したとあったが、それは今でもバレていないらしい。
踏破した事実の隠蔽へ、僅かに違和感を覚えたが、それの答えが出る前にプッパ殿が口を開く。
「いや、それでも無理だ。自殺の手伝いをするわけにはいかねぇ」
「その点ならば問題無い」
怪訝そうな顔を2人が見せる。
「問題しかないと思うんだけど、それはどういう意味?」
問いかけるエスティに、俺は笑顔で答えた。
「この身は呪いによって不死だ」
衝撃で時が止まる、とはこういうことを言うのだろう。
ようやく動き出しても、目を泳がせ、何度も瞬きをしている。
「え? 不死? 死なないってこと? 冗談よね?」
「……いや、そういうことか。レッドリザードの件が腑に落ちたぜ」
混乱しているエスティと違い、プッパ殿は納得した様子で言う。
「ブレイカーってのはモンスターを倒すことで強くなる。なにも倒したことのないサードが、D級モンスターのレッドリザードの炎が直撃して、軽傷で済むはずがねぇ」
「それは恐らく耐――」
「やめろ。その話は聞きたくねぇ。いや、違うな。エスティに聞かせたくねぇ」
「どういうこと?」
耐性を得るということは、過去に何度も焼き殺されたという事実があるからに他ならない。
しかし、その酷な事実をエスティに伝えたくないと、優しいプッパ殿は目で訴えかけていた。
だが、俺は首を横に振る。
彼女にだけ事実を隠す不誠実さをより嫌った。
「俺には炎への耐性がある。どの程度かはまだ分かっていないがね」
「耐性って……」
一気にエスティの顔が青ざめ、口元を押さえて吐き気に堪え出す。
嫌な思いをさせてしまったが、それでも隠すよりはマシだろう。
エスティは水を一息に呷り、青い顔のままこちらを見る。事実を飲み込んでくれたようだ。
「やると決めたのだから、もう退くことはできないわ」
「いや? 別に抜けてもいいのだよ? こちらの事情を押し付けるわけにはいかないからな」
「うるせぇ」
プッパ殿に頭を軽く小突かれ、エスティに手の甲を抓られる。
だがその顔を見て、共に戦う覚悟を決めてくれたことが分かった。ありがたい。
「しかし、そうなると優秀なアタッカーをスカウトする必要があるな。フリーのA級アタッカーか」
「プッパさんがタンク。わたしがヒーラー。サードはまぁアタッカーってことね」
「それについてだが、俺に考えがある」
「お、さすがマスターってか? ちゃんと考えてるな」
褒められたことを嬉しく思いながら、考えていたことを口にした。
「プッパ殿はアタッカーに専念し、今度こそ限界を超える。エスティはヒーラーに嫌気がさしていたので、同じくアタッカーとしてやり直す。そしてとりあえず俺が、メインタンク兼メインヒーラーをやるというわけだ」
俺の完璧な案を聞いた2人は、なぜか今日一番の深い溜息を吐いていた。
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