12話 クソ食らえだ

 ブレイカーギルドの中へ入り、目的の人物を探す。

 人目を避けるようにフードを深く被っている女性はすぐに見つかり、同じ席へと着いた。


「やぁ、エスティ。待たせたかな?」

「ちょ、もうちょっと小声で話してよ。できれば名前も呼ばないでほしいというか」


 周囲を見回すと、こちらを見る目が増えている。エスティと呼んだことに気づいた者が、興味を抱いた様子だった。


 さらにフードを深く被ったエスティに、俺は笑顔で言う。


「堂々としていればいい。負い目に感じるようなことはしていない。そうだろう?」

「まぁ、そうだけど……」


 エスティは戸惑っていたが、フードを少しだけ浅くする。まだ外すのには躊躇いがあるようだ。

 彼女はフーッと息を吐き、気持ちを落ち着かせた後に口を開いた。


「それで、待たせたかな? と言っていたわよね。列車の中を移動するだけで息を荒げていたときのことを考えれば、待たされなかったほうよ」

「良き指導役で巡り合えたのでね。全ては彼の指導と、俺の努力の賜物だ。そうそう、この服は彼に買ってもらったのだよ。前のに近いデザインだが似合っているだろ?」

「指導役に服を買ってもらうってどういうことよ。本当にさっぱり意味が分からないけれど、サードならあり得そうね。一番意味が分からないもの」

「そんなに褒められると照れてしまうな」

「褒めてはいないからね?」


 またまたそんなことをと思っていたのだが、彼女の顔は笑っていない。

 本当に褒められているわけではないと気づき、少し心が沈む。俺ならあり得そうというのは褒め言葉ではなかったのか。


 しょんぼりしていたのだが、特に慰めの言葉を掛けることもなく、エスティは真剣な表情で言った。


「それで、さっきの口振りからして、わたしの噂については聞いているのよね? 仲間にすれば不利益がある。本当に仲間にするつもり?」

「あぁ、もちろん。今日からよろしく頼む」


 ニッコリと笑って答えれば、彼女は呆れた様子で額に手を当てる。

 だがその顔は、安堵しているようにも見えた。

 エスティは顔を上げ、強い目で頷く。


「わたしもあなたを、サード・ブラートを信じるわ。これからよろしくね、マスター」

「こちらこそ、エスティ・カエラ」


 頼りになる1人目の仲間と握手を交わす。

 後はもう1人の答えを聞くだけだ。

 そう思っていたところで、都合よく現れた体格の良い男がドカッと椅子へ腰を下ろした。


「おう、遅くなったか?」

「時間通りだ。彼女と話したかったので、少し遅い時間を伝えてあったのだよ」

「彼女? ……《佳麗細工》!?」

「《吼獣》!? あなた、どのクランにスカウトされても断り続けてたんじゃなかったの!?」


 驚く2人の反応を見る限り、彼女たちは顔なじみらしい。自己紹介の手間が省けたというものだ。

 だが一応、簡単な紹介をしておく。


「彼女はエスティ。1人目の勧誘者だ。彼はプッパ殿。2人目の勧誘者だ」

「待て待て。なにをあっさり流そうとしてやがる。こいつの実力は買っているが、悪い噂も多い。新設のクランに抱えられると思ってるのか?」


 エスティは何も言い返さず、下唇をギュッと噛んで押し黙る。

 しかし、俺は笑いながらプッパ殿へ言った。


「はははっ、プッパ殿は優しいな。新設のクランに問題は少ないほうがいい。そう考えて、悪役を買って出たのだろう? 君のそういうところが気に入っている」

「バ、バカ野郎! そういう話じゃねぇ! オレは、ただ事実をだな!」

「それで? プッパ殿はその噂を聞き、どう思ったのだ?」


 問いかけると、プッパ殿は難しい顔で考え出す。

 エスティ・カエラの、男をたぶらかしてクランを崩壊させるクラッシャーという噂を思い出しているのだろう。


 ただエスティが苦しそうな顔を見せる中、答えを出したプッパ殿は腕を組み、フンッと鼻を鳴らした。


だな」


 エスティは唖然とした表情を見せていたが、俺はその言い回しに感動していた。


「クソ食らえと言ったな? クソ食らえか。いいな、それは。俺もここぞと言うときに使いたい。構わないか?」

「お前はなにに感心してんだ。本当にズレてやがんな」


 なぜかプッパ殿は呆れている。理由は分からない。

 俺がプッパ殿にクソ食らえについて聞いていると、エスティが口を開いた。


「あの」

「ん? なんだ?」

「あの……いいの?」

「いいって、噂の話か? そこら辺で聞き耳を立ててる、くだらねぇ噂を信じてるやつらと一緒にすんなよ。駆け出しのころも見てるし、何度か組んだことだってある。浅い付き合いでも、ダンジョンでの動きを見れば、どういうやつかくらいは分かるだろうが。お前は真面目で、本気でやってるブレイカーだ」


 プッパ殿は周囲の奇異の目を睨みつける。

 そして、その言葉はエスティが欲しかったものなのだろう。

 彼女は潤んだ目元を袖で拭い、サッと手を出した。


「よろしくね、《吼獣》」

「いや、よろしくされてもな。オレはまだ入るかどうかの返事はしてねぇんだが」

「えっ」

「ええええええええええええ!?」

「なんでサードが驚くのよ!」

「この流れからして、入るやつだと思っていたのでな。想定外の流れだ」


 しかも、この言い方からして断るつもりなのでは? それは困る。俺はプッパ殿と一緒にやっていきたい。

 狼狽えていると、プッパ殿が太い指で、俺の額を弾く。バチーンとすごい音がした。少し痛い。


「冗談だ、冗談。やり直す切っ掛けをくれた恩人に、報いないわけにはいかねぇだろ。よろしく頼むぜ、マスター」

「恩人? あぁ、クランに誘ったことか。気にすることはない。俺が組みたかっただけの話だ」


 俺の答えを聞き、プッパ殿は「こいつマジか」と呟く。

 エスティの顔を見ると、彼女も同じ顔をしていた。


「そうじゃなくてだな、サードの言ったことが」

「――会話が弾んでいるね、混ぜてもらってもいいかい?」


 声を掛け座ったのは、銀色の髪の一部だけが赤く染まっている美丈夫。

 優し気な表情をしているが、見えている手には細かな傷が見えており、歴戦のブレイカーなのだろうと察せられた。


 2人は目を見開き固まっているので、俺が答える。

 これもマスターの仕事だ。


「何か話があるようなので構わないが、許可を出す前に座るのはいかがなものだろうか?」


 一瞬、空気がざわついた……気がする。

 だがその違和感を確認するより先に、男性は困り顔で笑いながら立ち上がった。


「あはは、君の言う通りだ。失礼をして申し訳ない。話が耳に入って来てね。少しだけ混ぜてもらってもいいだろうか?」

「あぁ、もちろんだ。掛けてくれたまえ」

「ありがとう」


 彼が座り直すと、すぐにエスティが耳元に顔を寄せた。


「分かってないみたいだけど、口の利き方には気をつけなさい。彼の名前はロウ・デュール。A級クラン《アマネセル》のマスターにして、A級ブレイカーよ。人気もすごいから、変なこと言ったらみんな敵になるからね」


 みんなというのは、この人の後ろで睨みをきかせている人たちのことか、それともずっと聞き耳を立てている人のことか。

 少し考え、ブレイカー全員のことか、と1人納得した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る