11話 愚痴る男と聞く男
エヴァンジルへ戻り、報告を終えた後。
俺は、プッパ殿に食事を奢ってもらっていた。
普段食べているものよりも味は濃いが美味だ。オススメの酒場というだけのことはある。
問題は片付いたのだが、美味な食事を取っても俺は気持ちが沈んでいた。
それに気づいたのか、頬を少し赤らめているプッパ殿が聞く。
「どうした? 燃えたのに無事だったことが気になってるのか? 確かにありゃおかしいよな」
「いや、そのことはどうでもいい。ただ服が……」
羽織っているマントは少し焼けた程度だったが、着ている服の両袖は焼け落ち、体の部分にもいくらか穴が空いていた。
俺の沈んでいる理由を聞き、プッパ殿は呆れた顔を見せる。
「気にしてたのは服かよ! 命があっただけマシだ。服はまた買えばいいだろうが」
「……これは、ペッポ殿に買っていただいたものなのだよ。一生大事にするつもりだったのに、早々にこんなことになってしまった。顔向けできん気持ちでいっぱいだ」
「オヤジからか。なおさら気にする必要ねぇよ。って、お前泣きそうになってないか!? お、おい、気にすんなって!」
「しかし……」
「わ、分かった! 服なら買ってやるから、男が簡単に泣くんじゃねぇ! オレは、ほら、オヤジの息子だからな。ある意味ではオヤジに買ってもらったようなもんだろ? よし、解決だ!」
背を叩き、必死に慰めてくれる姿を見て涙を拭う。
形あるものは必ず壊れる。ただ感謝することが大事なのかもしれない。
「いつまでギュッと服を抱きしめてんだよ。ほら、食え! 飲め! オレたちゃいつ死ぬか分かんねぇんだからな!」
プッパ殿はサラリと重い一言を述べたが、その顔には何の色も浮かんでいない。
彼らブレイカーにとって、死は身近なものなのだと実感させられる。自分にはない、死という概念が。
胸の内に渦巻いている妙な感情へ困惑する。若干の苛立ちや、重く煩わしいが振り払えないなにか。
その答えが分からずにモヤモヤしていると、プッパ殿がドンッとグラスを机に置いた。
「……クランが解散する前のころだ。オレたちはクランの
プッパ殿の顔はかなり赤い。酔ったことで口が軽くなったのか、酒の力を借りることで滑りを良くしたのか。
どちらかは分からないが、ただ相槌だけを打ち、聞くことに専念する。
「いつも通り安全そうなクエストを受けたとき、問題が起きた。事前の準備不足だ。安全なクエストなんてない。そんなことは分かっていたはずなのに、オレたちはやっちまったんだよ」
自分たちの失敗を、プッパ殿は悔しそうな顔で語る。
「2人戦えない体になった。日常生活にも支障がある、そんな大怪我を負った。戦えなくなった2人は別の仕事を探し、クランを抜けることを打ち明けた。オレたちに気を遣ってのことだ。分かってるのに、オレたちは認められず、2人を責めてしまった。後はまぁ、掛け違ったボタンを直す努力を怠り、そのまま自然と解散した」
「誰も反対はしなかったのか?」
「オレたちは同じ村出身で、ずっと同じメンバーを中心にやってきた。長い付き合いだからだろうな。もう無理だと、全員が分かっていたのさ」
「無理ではない。問題に向き合えば解決したことだ」
「……そうだな、その通りだろう。だがオレたちは、抜けざるを得なくなった2人への負い目もあり、向き合う勇気が持てなかった」
重い口調から他にも理由はありそうだが、追及する気もなく、ただ話した理由を問いかける。
「なるほど。それで、なぜその話を俺に?」
「オレを仲間に誘うって言ったからだ。今の話を聞いて分かっただろ? オレはもうとっくに終わってる人間なんだよ。だが、お前の指導役ができて良かった。今日は、昔の自分を少しだけ取り戻せた気分だ。踏ん切りもついたよ」
満足気にどこか遠くを見る目をしているプッパ殿に、俺は首を傾げた。
「なにを言っているんだ? 踏ん切りがついたのならばちょうどいい。俺の仲間になり、全部取り戻そうではないか」
「わかんねぇやつだな。オレはもう終わって――」
「グダグダ言っている暇があるのなら、仲間たちに手紙でも送ったらどうだ。特に戦えなくなった2人には、謝罪も含めて伝えるべきことがたくさんあるだろう」
「っ」
「そして、また始めよう。あなたたちが見た景色まで辿り着くのに、あなたが必要だ」
プッパ殿は戸惑いを隠せないらしく、うまく言葉を紡げない様子を見せる。
「だが、オレ、は」
「その先は一緒に見ようじゃないか。俺たちならば必ず辿り着けるからな」
笑顔で手を差し出したのだが、プッパ殿は目元に手を当てたまま動かない。
泣いているわけではない。怒っているわけでもない。
俺には理解できない複雑な感情が、見えている口元の動きだけでも察せられた。
しばし待っていると、プッパ殿は顔を上げた。
「まだブレイカーにもなってないやつが何を言ってやがる。偉そうな口は合格してから叩くんだな」
「あぁ、そうするとしよう」
確かにその通りだなと頷く俺を見て、プッパ殿はハッと言いながら鼻を擦る。
その顔は、少しだけ険が取れたように見えた。
数日間の薬草採取で体力をつけ、許可が出たところでモンスターとの実戦。
相手は2本の短い角が額にある兎、ホンホンラビット。
角があるだけの兎。大した相手ではないと思っていたのだが、これの討伐に手こずった。
プッパ殿曰く、ホンホンラビットは攻撃力は低いのだが、動きは同級のモンスターよりも遥かに速い。こいつを相手取れるようになれば、同級のモンスターに遅れを取ることはない、とのことだ。
ショートソードやラウンドシールドの扱いを教わり、ホンホンラビットの討伐に成功したのは数日後。
俺はその日、ようやくF級ブレイカーとして認められ、ライセンスを与えられた。
翌日。
ブレイカーギルドで待ち合わせをしている俺は、その前で足を止めた。
嵌められている指輪にはFの刻印。自分の力で手に入れたこれが、なによりも誇らしい。
「では、始めるとするか。今日がブレイカーとしての第一歩だ」
シャルム王国を脱してから1ヶ月。
俺はついに、エヴァンジル踏破のスタート地点である、F級ブレイカーとしての活動を歩み始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます