10話 動揺を振り払い吼える者

 俺は素人だ。

 熟練者であり指導役でもあるプッパ殿の意見へ口を挟む気はない。


 言われた通りに離れ、木の影から様子を伺う。

 先ほど放たれた炎の塊が当たったのだろう。

 いくらかの木や草が燃えており、火が広がる恐れがあった。


「……くそっ」


 プッパ殿は悪態を吐きながら、木や草の燃えている部分を剣で切り落とす。


 しかし、それは隙を見せるのと同じことだ。

 レッドリザードはニタァッと笑い、彼に炎の塊を放った。


「ぐっ。めんどくせぇな!」


 盾で炎の塊を受けたものの、また木々の燃えている箇所は増える。

 両方へ対処するのには、手数が足りていないのが見て分かった。


 実力的にはプッパ殿が勝っている。平地であれば、2匹を同時に相手取っても負けることはないだろう。

 だが、森を燃やさないことも考えなければならないことが、彼の動きを鈍らせていた。


 となれば、俺のやるべきことは1つしかない。


「プッパ殿。レッドリザードに集中してくれ。火への対応はできる限り俺がしようではないか」

「それしかねぇな! 可能な限りでいい、なんとかしてくれ! 煙を見て、近くにいるブレイカーたちも来るはずだ!」


 同意も得られたので、自分にできる限りのことをするために動く。

 燃えた草木をナイフで切り落とし、足で踏んで消す。無理そうなところには手持ちの水をかけた。


 俺はやれることをやっていたのだが、プッパ殿は違う。

 優しすぎるからか、指導役だからか。

 こちらのことを常に気にかけており、明らかに動きに精細さを欠いていた。


 レッドリザードの攻撃をしっかりと防ぎ、隙を狙って剣で切りつける。

 いずれ2匹とも討伐されるだろうが、実力差のある相手に時間を掛け過ぎているようにも見えた。

 よく言えば堅実ということになる。さすが熟練者、決して油断はしない。


 しかし、ブツブツと呟いているプッパ殿の声が聞こえ、その考えは変わった。


「近場だと思って装備が……あの剣を……アイテムの……」


 これは想定外の出来事だ。本来、ここにレッドリザードはいないはずだった。準備などできるはずがない。


 なのに、足りない装備やアイテムのことを悔やみながら、彼は戦っている。

 そんなものが無くとも、勝てるだけの実力差があることは、俺にでも分かるのに。


「その考えは――」


 良くないのでは? と伝えようとしたところで、後方からガサリと音が聞こえた。

 3体目のレッドリザードが姿を現し、これは想定すべき事態だったなと反省する。


 どうすべきか悩み、プッパ殿に目を向けた。

 だが彼は、こちらに目もくれない。3体目のレッドリザードの出現に気づいていない。


 ここで俺はようやく、プッパ殿がなぜか冷静さを失っていることが分かった。

 どうにか冷静さを取り戻させなければならない。


 そう思っていたのだが、レッドリザードが待ってくれるはずもなかった。

 なにかしらの方法で仲間と意思疎通を取っているかの如く、3体目のレッドリザードはプッパ殿の無防備な背に向けて、炎の塊を放つ。


 他に手段はなく、両腕で顔を守りながら飛び出し、自身の体を盾にした。

 両腕が燃える。体にもいくらか火が点いている。

 自然に起こされた火と違い、能力や魔法で発生した火は不自然に体へまとわりつき、広がっていく。


「サード!?」


 プッパ殿は2体のレッドリザードから目を離し、こちらを見ている。それどころか、助けに来ようという動きすら見せていた。

 彼の青ざめている表情を見て、俺はふと笑って見せた。


。それに、プッパ殿のほうがこいつらより。我々が負けることはない」


 俺は、彼のことを信頼している。多少動揺していたとしても、その信頼に揺るぎはない。


 だからこそ勝利を断言したのだが、目を合わせたプッパ殿は、体をブルリと震わせ……吼えた。


「お、おぉぉ……おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 目つきの変わったプッパ殿は、咆哮だけで3匹のレッドリザードの動きを止める。

 そしてもうこちらへ目を向けることはせず、苛烈に攻撃を始めた。


 初めて会ったとき、彼は死んだ目をしていた。

 ここ最近は自分を取り戻したのか、瞳に光を灯していた。


 しかし、それは間違いだったと知る。


 獣のような目で睨みつけ、咆哮だけで震え上がらせ、ただ相手を蹂躙していく。

 この姿こそが、ブレイカーとしての真のプッパ殿なのだと理解した。


 盾で怯ませ、剣で頭をかち割る。2匹目のレッドリザードは後ずさりしたが、それを許すはずもない。

 プッパという獣は瞬く間に2匹目も食らい殺し、その勢いのままに三匹目も平らげた。



 フーッフーッと息を荒げていたプッパ殿の目に、理性という光が戻る。

 彼はハッとした表情を見せた後、俺のほうへ駆け寄って来た。


「サード! 傷を見せろ!」


 腕を掴んで確認し始めたプッパ殿は、すぐに目を丸くした。


「傷がほとんど無い……?」

「だから問題無いと言っただろ?」


 肩を竦めながら答えたが、これは呪いを加味してもおかしすぎる。

 しかし、思い当たることはあった。

 何度も焼死させられたことが理由か、灰になるほどの炎を受けたことが原因か。もしくは両方か。

 自分の考えを結果だけ伝える。


「恐らく炎耐性を得ているのだと考えられる」

「バカを言うんじゃねぇ。耐性ってのは、それこそ何度も死ぬような目にあって、ようやく手に入れられる可能性があるものだ。分かるか? 生きるか死ぬかのギリギリの炎をだぞ? あり得ねぇよ」


 俺は逆に確証を得たのだが、プッパ殿からすれば納得できることではないだろうとも分かっていた。


 それからすぐに他のブレイカーたちが姿を見せ、共に延焼を消し止める。

 水の魔法を扱える者がいたこともあり、ほどなくして完全な消火に成功した。



 本当に見落とした火種は無いのか。

 それを手分けして探しているときに、プッパ殿が突然足を止めた。


「火か? 水なら分けてもらったから持っているぞ」


 普段は飲む分しか手に持たなかったが、持ち運ぶとなると非常に厄介。水の魔法か氷の魔法を覚えたい。

 そう思いながら水の入った入れ物を掲げたのだが、プッパ殿は神妙な顔で一点を見つめている。


 覗き込むと、紫色の小さな欠片が広がっており、欠片よりも薄い色の煙が噴出されていた。微かに甘い香りがする。


「これは?」

「魔獣玉だ。こいつを割ると魔物が引き寄せられて集まる。レッドリザードはこれに釣られて来たんだろうな」


 プッパ殿は近くにいたスライムを掴み、魔獣玉の欠片が落ちている場所へ放り投げる。

 スライムは欠片を体に取り込み始め、すぐに煙の発生も止まった。

 俺が行動の意味を問うより先に、プッパ殿は口を開く。


「スライムってのは浄化や分解の力が強い。魔獣玉もこの通りだ。しかし、低級の魔獣玉だったことも、外だったことも幸いしたな」

「……ダンジョンの中だったら大ごとになっていたということか」

「魔獣玉は品質が良いものになればなるほど、より広い範囲に効果を及ぼしやがる。昔はモンスターを誘き出すのに使われていたりもしたが、今は禁止されている代物だ」


 使用を禁じられている魔獣玉。

 それがほぼ初心者しか来ない場所で使用されていたことは不自然だ。


 俺を事故として処理しようとした、シャルム王国からの追手の可能性もあるなと思ったが、素性を調べられたくもないので伝えはしない。

 そしてこの事件は、使用者が謎のまま一旦の終わりを迎えた。

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