9話 土地へ馴染むために水を飲め

 プッパ殿を勧誘した翌日。

 森までの時間の短縮に成功し、今日からは薬草採取を教えてもらえることになった。


「森の中は歩きにくいが、よく見りゃ道がある。そこを通ればいい。根っことかには気を着けろよ」

「おぉ、それなら知っているぞ。獣道というやつだな」

「いや、違う。薬草採取の冒険者が通ってるからだ。獣道を通らなきゃいけないようなところに、新人以下のやつを連れて行くわけねぇだろ」


 自信満々だっただけに、答えを外したことにしょんぼりしていると、プッパ殿が足を止める。


「ここが一番近い群生地だ」

「森に入ってすぐのところにも生えているのだな。薬草採取は新人向きということか」


 感心している俺に、プッパ殿は説明を続ける。


「薬草ってのはそれだけじゃ効果が低い。だから、強いモンスターは寄って来ない。回復が足りねえからな」

「では、薬草の生えている場所の近くは、比較的安全ということか」

「そういうことだ。クエストで外を歩くこともあるが、薬草の生えている場所はしっかり頭に留めておけ」


 他にも色々と決まりごとを教えられる。

 新芽の薬草は、依頼が無い限り採取してはならない。効能が高いことや、薬草の数を減らさないために国で定められているとのことだ。

 猟師が親鹿を狙っても、子鹿は狙わないのと同じだと説明され、なんとなく理解した。子供は大事。


「おい、水を飲めよ」


 プッパ殿に言われ、水を飲む。

 1つのダンジョンに留まらない限り、冒険者は様々な土地へ赴く。

 その際に一番大事なことは、土地へ体を馴染ませることらしい。

 水を大量に飲み、排出する。その土地の水を循環させることで、体を土地に馴染ませるのが一番大事とのことだ。


 新芽は取らないように気をつけつつ、休憩がてら水を大量に飲む。

 言われた通りの行動を守っていると、ガサッと音が聞こえ、青色の丸いやわらかそうな球体が姿を見せた。


「スライムか!」


 高名なモンスターと行う初の戦闘に、意気揚々とブレイカーギルドで初心者用装備として与えられたナイフを抜いたのだが、すぐに押し止められる。


「待て待て。スライムは大量に湧いたとき以外は間引くことを禁じられている。こいつらは、土や水を綺麗にしてくれる働きを持っていると研究で分かってな。ダンジョンの外にいるスライムとは仲良くやる。これも決まり事だ」

「ダンジョンの外にいる? 中にいるやつは倒すのか?」


 あぁ、とプッパ殿は少しだけ驚いた顔を見せる。


「嘘か本当か分からない記憶喪失設定で忘れていたが、ダンジョンに入ったことも無ければ知識も少ないんだったな」

「設定ではない。自他共に認める記憶喪失だ」

「分かった分かった。記憶喪失の話はやめておこう。で、ダンジョンの中にいるモンスターってのは、なにかしらの理由が無い限り、絶対に人を襲って来る。侵入者を排除する。それがやつらの基本思考だ」

「外と中で動きが違うのか。不思議だな」

「そうか? 家に入ってきた不審者を撃退するって考えりゃ、別に不思議はないだろ」


 説明に、なるほどと納得する。

 プッパ殿は、俺が背負っている籠の中から薬草を一束取り出し、スライムの前に放った。

 すぐにスライムが飛びつき、薬草を食べるというか取り込んだ。


「これが外のスライムと仲良くやる方法だ。覚えておけ」


 餌付けして敵対心を薄れさせる。

 友好的かつ効率的な方法だ。覚えておこう。


 その後も、スライムと仲良くしながら薬草採取を続ける。

 しかし、採取のために腰を落とす体勢を維持するのは中々に辛い。

 そろそろ限界を感じ、ボンヤリ眺めていたプッパ殿に許可を取り、休憩することにした。


 タプタプとお腹が音を立てそうな気がしながらも水を無理やり飲んでいると、プッパ殿は軽い口調で言う。


「1つ訂正しておくことがある。お前、ブレイカーに向いてるかもな」

「水を飲む量で分かるのか? それとも薬草採取の速度? 動きが良いとかか?」


 どこで判断したのか疑問に思っていると、プッパ殿は少し笑みを浮かべた。


「10時間で回復するやつと、1時間で回復するやつ。強さが同じだとしたら、どっちのほうがブレイカーの適正が高いと思う?」

「1時間だな。長く行動できることになる。いや、休憩時間が多かったらまた話は違うか」

「そういう面倒なことは抜いての話だ。まぁ、お前の言う通りで、回復の早いやつのほうが適正は高い。A級のブレイカーになれるやつの大半は、低級のときから他のやつよりも回復が早い」

「俺の回復は早い。そういうことか。あまり自覚は無いのがだね」


 いまだに筋肉痛に悩まされているし、体に多少の痛みは残り続けている。

 回復が早いのであれば、毎日元気いっぱいで活動しているはずだ。


 そんな疑問が顔に出ていたのか、プッパ殿は首を横に振る。


「普通のやつならな、とっくに疲労で動けなくなってるんだよ。まぁ、そもそも体が貧弱ってのはあるが、毎日耐えられるほどの痛みしか抱えないってのは、当たり前のことじゃねぇ」


 元々体を鍛えていなかったこともあり、常に体は適応するために成長し続けている。だが、その変化に耐えられることは普通ではないということらしい。


 プッパ殿の説明を聞き、不死の呪いが関係しているのではと思ったが、それを口にする気はない。

 良い方向に働いているのであれば、俺にとっては都合が良いだけの話だ。


 次に、プッパ殿はブレイカーの等級について説明を始めた。

 ブレイカーにはA~Fの級がある。

 実績やらで決められるらしいが、簡単に言えばAが一番強く、Fが一番弱い。


 複数のブレイカーがパーティーを組んで作られるクランにも級がある。

 こちらもA~Fとなっており、そのクランの強さの指標であり、知名度にも繋がっていた。


「では、A級のブレイカーになる素質があるということだな」

「適正はあるのかもしれないが、簡単なことじゃねぇ。それに、A級ってのはそこより上が無いせいで、実力がピンキリでな。S級を作るって話もあったが、問題があって流れてるのが現状だ」

「問題? 分かりやすくなっていいのではないか?」

「A級のブレイカーの中で、とびきり強い数人をS級にしても、大半はA級のままだ。ラインが難しいんだとよ」

「ならば、ラインを定めてB級に落とすのはどうだ?」

「お前なぁ……そんなことしたら反乱が起きるぞ。新しい基準を定めたので、あなたは今日からB級にします。納得できるか?」

「うむ、できる」

「そりゃお前だけだ。大抵のやつは――待て」


 急にプッパ殿は目つきを鋭くし、周囲を見回し始める。だがある一点で目を止め、その先にある草むらを睨んでいた。

 見ていた先からガサリと音がする。またスライムかと、薬草を手に一歩前に出ようとした。

 しかし、すぐに肩を掴まれ、力任せに後ろへ下がらせられる。


「離れてろ!」


 プッパ殿が叫ぶと同時に、草むらから複数の炎の塊が放たれた。

 しかし、彼は備えていたらしく、盾でしっかりと炎の塊を防いでいた。


 一体なにが? と思っている間に、炎を放った主が姿を現す。

 小柄な大人の女性ほどの大きさをしている、赤い鱗に包まれた四足歩行のトカゲ。それが2匹。


「チッ、《レッドリザード》だと? 生息域が違うだろ。どうしてこんなところにいやがるんだ」


 プッパ殿は舌打ちをしながら、大きな赤い2匹のトカゲへと構えた。

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