8話 2人の仲間を決めた日

 どうにか食事を取り、何度か沈みながらも風呂を終え、眠りについた翌朝。

 全身にはそれなりの痛みがあった。


「これほどの筋肉痛は初めてだな。興味深い」


 しかし、痛みには慣れている。

 耐えて起き上がり、バキバキと音を立てそうな体を動かし、着替えを済ませてからブレイカーギルドへ向かった。



 相変わらず混雑しているギルド内を進むのは億劫だ。

 そもそも立っているだけでも多少の痛みがあるのに、人へ当たればもう少し痛い。筋肉痛というやつには、毒を盛られるのとは違う厄介さがあった。


 先日と同じ椅子へ腰かけたまま、複雑な表情で壁のほうを見ているプッパ殿を見つけ、笑顔で声を掛ける。


「おはよう、プッパ殿。昨日はありがとう。今日もよろしく頼む」

「なっ、おまっ……いや、いい。朝飯だ、食え。すぐに出発するぞ」

「了解した」


 簡素なサンドイッチを食し、出発する。

 

 辿る道は昨日と同じだ。町を出て、森を目指す。

 俺が息を荒げ、歩く速度を落とすと、プッパ殿は無言で道の横へ腰を下ろす。

 そして息が整うとまた歩き始めるので、すぐに後へ続いた。


 1日、2日、3日と時間は過ぎていき、移動できる距離も延びていく。

 そしてブレイカーギルドの看板を叩いてから5日目。

 俺はようやく森の前まで辿り着くことができた。


「もう少し、歩く速度を、上げないと、森での、作業時間は、取れなさそうだな」


 息を荒げ、汗を拭いながら伝えると、必要なことしか話さなかったプッパ殿が、頭を掻きながら口を開いた。


「お前、どうしてそこまでやれるんだ? 普通ならとっくに諦めてるだろ」

「俺にはエヴァンジルを踏破するという目標がある。それに比べればこの程度の困難は、小さな障害でしかない」

「ブレイカーを目指すやつの大半が、最初は同じ夢を見ているさ」

「夢ではない。達成すべき


 俺の言葉に、目も合わせぬままプッパ殿は笑い声をあげる。


「ハハハッ、そうかそうか。まぁ、最初は順調に進むもんだ。いずれ、ドデカイ壁にぶちあがり、自分の限界を知っちまう。それでも夢を語り続けるのは簡単じゃないぞ」

「もう1度言おう。夢ではない、達成すべき目標だ。そしてなぜこちらを見ないで話す。ドデカイ壁や限界に膝を折った、自分のことでも思い返しているのか?」

「……あぁ?」


 プッパ殿の無気力な瞳に光が差す。

 彼は怒りで肩を震わせながら近づき、そのまま胸倉を掴んで来た。体が少し浮く。


「てめぇに何が分かる!」

「教えてもらっていないのだから、分かっていることなどはない。しかし、死んだような顔に気力が湧いたことは見て取れる。今、プッパ殿は昨日よりずっといい顔をしているからな」


 満面の笑みで伝えると、彼は拳を振り上げる。

 ただ事実を告げていただけなのだが、どうやら殴られるようだ。


 ボンヤリ待っていたのだが、プッパ殿はしばし固まった後。拳を下ろし、俺のことも解放した。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 プッパ殿は近くの木を、悪態をつきながら拳で叩く。

 大きく見えていた背が、今はとても小さく見えた。

 腕や足を揉みほぐしながら待っていると、彼は背を向けたまま聞いてきた。


「どうしてなにも聞かねぇ」

「すでに察していると思うが、俺は人生経験が豊富じゃないものでね。また不快な思いをさせたいわけでもなく、どうすべきか悩んでいた」

「さっきはズケズケと踏み込んで来たのにか?」

「思ったことを口にしていただけで、悪気はなかったのだよ。謝罪する。すまなかった」


 胸に手を当て謝ると、プッパ殿はなんとも言えない顔を見せる。

 だが、大きく息を吐き、また俺に問いかけた。


「信頼していた仲間たちが、年齢と共に気力を失い、別の道を見つけて解散。自分も限界を感じていたが、そのまま動けず留まってしまった。お前ならそんなとき、超えられない限界とぶち当たったときにどうする」


 間断なく俺は答える。


「俺の少ない人生経験でのことだが、1人で限界を超えることは難しい。しかし、誰かの手を借りれば、あっさりと超えられてしまうこともあるものだよ」


 あの牢獄から脱出できたのは、一重にトレイス兄上の力あってのこと。

 自分ではどうにもできなかった限界は、誰かの手を借りることで超えることができるのだ。


 感慨深く思っていると、プッパ殿はフッと笑った。


「仲間がいなくなって、オレだけはと、1人でもがいていたのが悪かった、か。確かに、言われてみりゃその通りだ。ずっと、あいつらと超えて来たんだもんな」


 遠い過去を懐かしむプッパ殿は、そのまま立ち上がる。


「帰るぞ。遅くなっちまうからな」

「了解した。……あぁ、そうだ。1ついいですか?」

「どうした?」


 どこか晴れ晴れとした表情のプッパ殿に、俺は満面の笑みで言う。


「プッパ殿のことが気に入りました。俺の仲間になってください。共にエヴァンジルを踏破しましょう」

「あぁ、オレもお前のことが少し気に入っ……なんだって?」


 目と口を開いたまま固まっているプッパ殿は、中々に見ものだった。

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