7話 厳しいことを言いながらも優しい

 翌日。朝早くに宿を出てブレイカーギルドへ向かう。

 道中の細道で、朝から酔っぱらっている人物を見かける。

 彼は顔を手で覆い、嘆き続けていた。

 人へ親切に。そのことは忘れておらず、笑顔で話しかける。


「どうかしたのか?」

「うるせぇ!」

「まぁそう言わずに話してみろ。もしかしたら力になれるかもしれないからな」


 酔っ払いは驚いた顔を見せた後、酒瓶を地面にゴトリと置き、少しずつ語り始めた。


「おれぁもうダメなんだ。金が無くて3日も飯を食ってねぇ」

「酒を買う金があるなら食事を買えばいいだろ」

「飲まなきゃやってられねぇことだってあんだよ! ……いや、その通りか。怒鳴って悪いな。酒なんて買わなきゃ良かった。なのに、おれってやつは、あの子たちが待ってるのに……」

「子供がいるのか? ことさら、酒を買わずに食事を買えば良かっただろ」

「うぅぅ……」


 酒を飲まなきゃやってられなかったので、食事を買わずに酒を買ったというのはよく分からない。

 しかし、その愚かな行為で子供まで犠牲になるのは想像するだけで胸が痛い。

 俺は手持ちの貨幣を袋から取り出し、男の手へ握らせる。


「こ、これは?」

「1つ約束しろ。もう酒は飲むな。子供たちのことだけを考えろ。分かったか?」

「分かった! 約束する! ありがとな!」


 酔っ払いは元気よく立ち上がり、ブンブンと手を振りながら立ち去って行く。

 子供が何人かは分からないが、うまくやれば数日は食事を取れるだろう。その間に仕事が見つかれば問題は解決だ。

 俺は機嫌良く、ブレイカーギルドへと歩を進めた。



 朝からブレイカーギルドの中は大賑わいだ。エスティに教えてもらったが、基本的には朝と帰って来た後の夕方に混むらしい。


 人ごみを掻き分けてどうにか進み、昨日の机へ辿り着くと、そこにはすでにプッパ殿の姿があった。


「おはようございます、プッパ殿。いえ、指導役殿のほうがよろしいですか?」

「プッパでいい。どうせ短い付き合いだ。……それと、オヤジからの手紙はありがとな」


 同じ血筋だなと満面の笑みを浮かべる。

 プッパ殿は引きつった顔を見せた。


「な、なんで笑ってんだ? 変なやつだな。まぁいい、行くぞ」

「はい、プッパ殿」


 彼が移動を始めると、気づいた人が挨拶をしたり、道を開ける。

「おう」とか、「あぁ」とか。プッパ殿はそんな返事しかしなかったが、口元は僅かに緩んでいる。やはり親子揃って人望があるようだ。

 頼りがいのある背を追いながら質問をする。


「そういえば、昨日は酩酊状態で会いに来ましたね? あれにはどういう意味が?」

「ブレイカーには人を見る目が大事だからな。志望者がどんなもんか調べるためだ」

「ふむ。それで、俺の人を見る目はどうでしたか?」

「明らかにお近づきになりたくない相手に、平然と笑顔で挨拶をするヤベェやつ。人を見る目は10点から20点だな」

「手厳しい」


 苦笑いをしていたのだが、朝に酔っ払いと会った道の前を通り、プッパ殿に問いかけた。


「そういえば冊子にありましたが、入寮は可能ですか?」

「できるぜ。だが、ブレイカーギルドへ来て2日目にして入寮か? 堅実なのかもしれんが、もう少し金を用意しておくべきだろ」

「数日は生活できる金をお借りしていたのですが、困っている人がいたので全部渡してしまいました」


 ペッポ殿から預かったお金と、エスティから困ったときにと渡されたお金。

 その全てを失ってしまったが、人を助けるために使ったのだから怒ることはないだろう。


 俺は自分の行いに胸を温かくしていたのだが、プッパ殿は口を開いたまま固まっていた。


「……は? お前、それ詐欺だろ」

「いやいや。人生に絶望し、朝から酔っぱらっていた子供のいる男性に、希望を与えられました。詐欺のはずがありません」

「99%詐欺だな。お前の人を見る目は0点だ。ブレイカーは諦めて、修道院で働いたほうがいいぜ。見つからないだろうが、後で届けを出しに行ったほうがいいな」


 俺は騙されていないと思うのだが、プッパ殿は騙されたと断言しつつ心配してくれている。

 しかし、あぁいったケースでは騙されていることが多いということだ。

 今後は慎重に接さなければなと、1つ学びを得た気持ちになった。



 エヴァンジルの町を出て1時間ほど歩いている。そもそも町から出るまでにもかなりの距離を歩いた。

 息は荒く、視界は歪み、プッパ殿の背中は遠い。

 それでもどうにか歩を進ませていると、プッパ殿が駆け寄って来た。


「おま、大丈夫か? 体調が悪いならすぐ言え! 仲間にも迷惑がかかるんだぞ!」

「す、すまない」

「いいからこっちに座れ。ほら、水だ。横になるか?」

「問題、ない。ただ、体力が、不足」

「そういう話じゃないだろ。病人や怪我人以外は歩けるほどしか移動してねぇ。熱は? 怪我は?」


 額に手を当てられ、怪我が無いか袖を捲られる。

 そこで、彼の動きが止まった。


「……この細い腕はなんだ?」

「長いこと、外に出ない、生活を、していたので、ね」


 プッパ殿は神妙な顔のまま横へ座り、口元を手で隠しながら言った。


「ブレイカーは諦めろ。さっきまでは本気かを調べるために言っていたが、今度は冗談じゃねぇ。無駄死にすると分かってるやつを、合格させるわけにはいかねぇんだよ」

「断る」


 はぁっと息を吐き、プッパ殿は進んでいた先を指さす。


「もう2時間ほど進むと森がある。そこで薬草採取と、モンスターとの戦闘訓練を行う。これが試験内容だ」

「試験内容を教えてしまっていいのか?」

「どうせ合格できねぇからな。さっさと諦めさせるのも仕事の内だ」


 彼からの優しさを感じたが、少し息が整ったので立ち上がる。


「では、森まで行こうじゃないか」

「ダメだ。辿り着けない。引き返すぞ。これはどうするかを聞いてるんじゃねぇ。指導役としての判断だ」

「分かった、従おう」


 エヴァンジルの町へ向けて来た道を戻る。

 その後は特に会話もなく、途中で何度も休憩を取りながら、ブレイカーギルドの前へどうにか辿り着く。


 しかし、プッパ殿は無言のまま通り過ぎる。後を追うと、隣の建物の前で足を止めた。


「ここが寮だ」


 案内されるままに寮へ入り、とても狭い個室へと通される。

 ベッドへ腰かければ、もう立ち上がるどころか顔を上げる気力すら出て来なかった。


 部屋を出たプッパ殿は少し経ってから戻り、小さな机の上になにかを置く。目を向ければ、それは食料や水だった。


「寮には風呂がある。よく浸かって体をほぐせ」

「あぁ、分かった」

「……ブレイカーは諦めろ。無理だ」


 険しい顔のプッパ殿に、俺は笑顔を作って答える。


「また明日、よろしく頼む」

「……」


 何も言わず、プッパ殿は立ち去る。

 扉が閉じると同時に、俺は後ろへ倒れ込んだ。

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