6話 指導役との初対面

 それからは特に大きな問題もなくエヴァンジルへ到着する。

 時刻は夕方。人の数は信じられないほどに多い。

 この町は列車に乗った町とも、駅で通り過ぎた町とも規模が違う。

 広さもさることながら、石作りの家の作りも違った。

 遥かに頑丈そうな作りで、いざというときは中で耐えることを想定しているようだ。


 たぶんその理由は、町の中心部を覆っているドーム状の壁と同じだろう。

 中から外に出てきてしまったときのことを考え、備えられているのだ。


 この中に福音のダンジョン《エヴァンジル》がある。

 辿り着いた実感で沸き立つ胸を握り締めながら歩を進めた。


 程なくして、ダンジョンを覆うドームのすぐ傍にあるブレイカーギルドに辿り着く。

 人目を避けるようにフードを深く被っているエスティさんに、俺は聞いた。


「これからエスティさんはどうするんだ?」

「数日はゆっくりするつもりよ。ブレイカーになったら連絡して。あっ、ちゃんとわたしの噂とかも調べておきなさいよ? 同情で誘われるのはゴメンだからねっ」


 指を突き付けながら言うエスティさんに、了解と頷く。

 どちらにしろ考えを変える気はないのだが、それで彼女の気が済むのならいいだろう。


 さて、それでは行くか。時間は有限だ。

 そう思い背を向けたところで、グイッとマントを引っ張られた。


「どうした?」

「次会ったときは、エスティって呼び捨てにしなさいよ。分かった? よし、分かったわね。それじゃあ! またね!」

「まだなにも答えて……」


 俺が答えるより早く、彼女は背を向け足早に離れて行く。

 途中で振り向き、少しだけ赤い顔で笑い、小さく手を振ってから、今度こそと姿を消した。

 その見えない背に、俺は笑みを浮かべながら言う。


「またな、エスティ」


 再会を楽しみにしながら、俺もまた背を向けた。



 エヴァンジルという街の中にあるダンジョンを覆う異質な壁。

 それと同じ程に異質な、常に攻撃に備えている街中にある要塞。

 ブレイカーギルドとは、そういった印象を受ける建物だった。


 1階へ入ると広いスペースと長いカウンター。いくつかの机や椅子。多くの人で賑わっている。


 しかし、入った瞬間に背筋がゾクッとした。


 これは人の視線を受けたときの感触だ。

 命を狙われていたときほどの悪意は無かったが、多少は嫌な感じがあった。

 誰が相手でも警戒している。達人というやつか。


 ウキウキしながらカウンターに並ぶ。

 周囲を興味深く見ているうちに時間は過ぎ、自分の番となった。

 耳の先が尖っている、エルフの受付嬢が笑顔で言う


「ようこそ、ブレイカーギルドへ。ライセンスは所持されていますか?」

「いや、ここに来るのは初めてだ。ブレイカーになりたくて来た」

「分かりました。こちらの冊子に目を通してお待ちください。指導役をお呼びします。なにかご質問はありますか?」


 エスティから色々教えてもらったため特に質問は思い浮かばなかったのだが、1つ聞きたいことがあり、買ってもらった小さな鞄から手紙を取り出した。


「プッパ殿にお会いしたいのだが、紹介してもらうことはできるだろうか?」

「クエストの依頼ですか? スカウトですか?」

「ご家族から手紙を預かっているのだよ」


 受付嬢は拝見しますと手紙を受け取り、便箋の表裏を確認。

 それから、うーんと呻いた後に頷いた。


「さすがに中身を見るわけには行きませんので、ご本人をお呼びしますね。ついでに、指導役もプッパさんにしておきます。ちょうどいいですし」

「ありがとう」


 戻してもらって手紙と冊子を手に、空いている席を探す。

 しかし、空いている席が見つけられない。列車のときもそうだったが、席を探すのが下手なのかもしれない。


 空いている壁にでも背を預けようと思ったところで、ふと予想外の人物を見つける。

 案外、席を見つけるのは得意かもしれないと、軽い足取りで彼のところへ向かった。


「見てな! すぐにおれたちもA級入りだぜ!」

「やぁ、デト。元気だったか? 実は今、指導役を待っていてね。悪いが、同席させてくれ」

「は? いや。は? はぁ!?」

「あぁ、俺のことは気にしないでいい。冊子に目を通すよう言われているからね」


 冊子に目を通していると、バンッと誰かが机を叩く。

 目を向けると、デトが立ち上がっていた。

 気にせず冊子へ目を戻す。


「なに他人事みてぇな顔をしてやがる! こっちを見ろ!」

「ん? どうかしたのか?」

「こ、この野郎、本当に分からないって顔してやがる。相変わらず頭が沸いてんな」


 本当に分かっていないので首を傾げると、デトは苛立った顔で言った。


「列車でのことだ!」

「あれはすでに和解済みだろ? 話を蒸し返すつもりはない。君だってそうだろ」


 俺よりも、彼のほうが蒸し返されたくない話題だ。ここで言い争えば、なにがあったかが知らない人にまで周知されてしまう。

 解決した問題で、彼の誇りを傷つけかねないことをしたいとは思わない。


 デトはギギギッと歯を噛み締め、勢いよく腰を下ろす。それから、同席していた女性陣を追い払った。


「別に感謝しねぇからな」

「あぁ、構わないよ。それより、君は女性にモテるんだな」

「あ? 羨ましいのか?」

「いや、別に」

「なんで聞いたんだよ!」


 話題の1つとして提供しただけだったのだが、うまく続けることができなかった。

 頭を悩ませたが、これは自分が悪いかと頭を下げる。


「すまない、不快な思いをさせるつもりはなかった」

「なっ、がっ、ぐぅ……簡単に謝るんじゃねぇ!」

「声量を下げてくれ。少しうるさい」

「謝った後に注意してんじゃねぇ! クソッ! やってられっか!」


 デトは肩を怒らせながら立ち去ろうとする。

 またなと手を振れば、さらに地面を踏みしめる音が強くなった。面白いやつだ。



 しばし待っていると、大柄な体、黒の短髪、無気力な目、無精髭の男が席に着く。酒臭いことから、手に持っている小さな瓶の中身は酒だろう。

 俺は立ち上がり、胸に手を当て挨拶をした。


「指導役の方でしょうか。サード・ブラートと申します。よろしくお願いします」

「……てめぇ、酔っ払いを見て指導役だと思うか?」

「はい、思います。それに違っても、また次の方に挨拶をすればいいだけですからね」


 彼は眉根を寄せながら頭を掻き、瓶の中身を呷った。

 スーッと顔から赤みが消えていく。

 驚いていると、男が鼻を擦る。


「酩酊も状態異常みたいなもんだ。この程度なら薬で一発ってな。それで、手紙ってのはどれだ」

「こちらになります。ペッポ殿から預かりました」


 彼は受け取った手紙の中身には目を通さず、そのまま立ち上がった。


「明日の朝、またここに来い」

「はい、分かりました」


 ペッポ殿によく似たぶっきらぼうな態度に、クスリと笑う。

 この短い時間が、俺とプッパ殿との初顔合わせとなった。

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