5話 カリカリしている男と、見るからに魔術師な小さい女性
列車で過ごして3日が経つ。
俺はエスティさんから、色々と教わる日々を過ごしていた。
「どうして前の町でブレイカーにならなかったの?」
「ん? エヴァンジルじゃなくてもブレイカーになれるのか?」
ペッポさんに言われるまま来たのだが、詳しいことはブレイカーギルドで聞くように言われたことを思い出す。
エスティさんは呆れた顔で息を吐く。
「たぶん仕組みを理解していなかったのね。少し大きな町ならばブレイカーになることができるわ。なるべく人を増やしたいから、国全体でブレイカーを育てようとしているのよ」
「仕組み? より中心に近い場所でなったほうがいいんじゃないのか?」
エスティさんは頷き、説明を始める。
「エヴァンジルにはAからF
「級を上げてからエヴァンジルに向かうということか」
「そういう人もいるけれど、ブレイカーは基本的にはスカウト制なのよね。優秀な人材は、より強いクランにスカウトされるわ。うまく功績を上げ認められていけば、最終的に辿り着くのはエヴァンジルだけどね」
辺境のほうがモンスターは弱く、クエストの難易度も低い。
そういうところで実績を積み、スカウトされることでより強いクランへ所属し、エヴァンジルへ辿り着く。
このやり方の良いところは、実力に合ったところで長く続けられることや、挫折したときにすぐ地元へ戻れることだろう。
ふと気づき、エスティさんに聞く。
「では、新設クランを作っても引き抜かれてしまうということか?」
「ずっと同じメンバーでやるのは理想的よね。連携も上がっていくし。でも、実際はそうはいかないわ。全員が同じだけ成長するわけでもなく、自身と同じ実力の相手と組むほうが効率的なのよ」
理にかなっていると思う。
納得していると、エスティさんが少し意地悪そうに笑う。
「わたしを仲間にするといったからには、ちゃんとそれなりの強さを手に入れてよね」
「努力しよう」
俺にブレイカーとしての才能があるのかないのかは分からない。
元より手を抜くつもりはないが、俺が強くなればなるだけ仲間にも余裕が生まれる。
努力するのは当然の責務だ。
「手順としては、そうね。まずはブレイカーギルドに行き、指導役が合格と認めればF級のブレイカーになれるわ。後は仲間を集めるかフリーで実績を積み、級を上げる。……でも、無理に新設のクランに拘る必要はないからね?」
エスティさんが少しだけ暗い顔を見せたのは、悪評のある自分と一緒では入れるクランも限られてしまう。そこで足を止めるくらいなら、スカウトを受けたほうがいいと分かってのことだ。
「問題無い。スカウトを受けるつもりもないからな」
不死のことを知られるのがマズいことは分かっている。
そういった俺の事情を理解した上でも、力となってくれる仲間を集める以上、すでに形のできているクランに入るのは難しいだろう。
「俺は、俺の目指した最強のクランを作る。すでに1人決まっていることもあり、幸先はかなり良いからな」
「まだ仮だからね!? そっちに選ぶ権利があるように、わたしにだって選ぶ権利があるんだから!」
エスティさんはブツブツと呟いているが、口元は僅かに綻んでいる。
この期待を裏切らないようにするのが俺の務めだろう。
決意を新たにしていると扉が叩かれる。
「あら? 駅員? サードの分の個室代は払ったのに、まだなにかあったのかしら」
「迷惑をかけて本当にすまない」
「別にいいわよ。まぁ、これは投資みたいなものだからね」
ブレイカーになり、すぐに稼げるようになるわけではない。低級のころは国から援助を受けられるらしいが、少しでも早く自立したいところだ。
教えてもらっていることを反芻している間に、エスティさんは立ち上がって扉を開く。
そして、ビクリと体を跳ねさせた。
「よう、エスティ。そろそろ頭を下げる気になったか? 今なら、おれが話を通してやるぜ?」
「……わたしは抜けると言ったはずよ、デト。クエストも終えているのだから、迷惑はかけていないわ」
「おいおい、本当にいいのか? お前を受け入れてくれるクランなんて――」
デトと呼ばれた、鋭い眼、細身ながら筋肉のついた体をしている男と目が合う。
特に揉めるつもりもないので笑顔を返したのだが、デトは大きな舌打ちをした。
「チッ。もう次を引っかけたのか尻軽女」
「誰が尻軽女よ! わたしがパーティーを点々としていたのは、事情があったからだと説明したでしょ! それに彼は、あなたみたいにわたし目的じゃない!」
「いや? 俺は君目的だが?」
一瞬、空気が固まる。なにか変なことを言ってしまっただろうか?
俺の目的はエスティさんで、彼女を仲間に引き入れたいと思っている。うん、やはり彼女目的で間違いない。
1人納得していると、デトがゲラゲラと笑い始めた。
「ギャッハッハッハッ! 男の方は素直じゃねぇか! これで分かっただろ? 素直に、おれの横で着飾って笑っておけよ。そうしなきゃ、もうB級のクランから声が掛かることなんてないぜ?」
「着飾って笑っておく? 俺はそんなことをさせるつもりはないが? というか、ブレイカーという仕事にそれは必要なことなのか? ……待てよ? 装備は良いものを着けたほうがいいし、笑顔で接すれば敵も増えないか。ふむ、撤回しよう。必要なことかもしれない」
俺も助言に従い見習おうと思っていたのだが、エスティさんは複雑な表情で首を横に振る。
「えっと、そういうことじゃないわ。こいつはね、素直に従い、ドレスやアクセサリで綺麗に着飾った、回復もできる娼婦になれって言ってるのよ」
「……それは、エヴァンジルの踏破には関係なさそうに聞こえるのだが、どういう意味があるんだ?」
「エヴァンジルの踏破? おい、エスティ。こいつ頭が沸いてるのか?」
デトは気安く彼女の肩に手を乗せたが、すぐに叩き落され舌打ちする。
エスティさんの気分を害する行動は見過ごせないと、彼女の前に立つ。
背中を掴んだ彼女の手は震えていた。
それが癇に障ったのか、デトは顔を歪めて怒鳴り始める。
「よく聞け低級! エヴァンジルの踏破なんて不可能なんだよ! まさか、全てのブレイカーが踏破を目指しているとでも思ってるのか? 笑わせるな! それなりに稼げて、チヤホヤされるからやってるやつばかりに決まってるだろうが!」
「そんなことは――」
「なるほど、確かにそういう考え方もあるな」
「サ、サード!? こんなやつの言うことに同意するの!?」
「困っている人々を助けることもでき、それなりに金も稼げ、承認欲求も満たされる。別に悪いことをしているわけじゃない」
「へぇ、少しは話が……」
「だが、俺の目的はエヴァンジルの踏破のみ。そういった人々の力にもなれる高尚な役割は、君たちに任せておく。うん、お互いの利害が一致して素晴らしいじゃないか」
これで問題は無事に解決。円満に話を終えられた。素晴らしい結果だ。
俺はとても満足していたのだが、デトから弱い殺意が発せられ、気づいたときには喉元へ短剣を当てられていた。
「てめぇ、喧嘩売ってるのか? おれたちは踏破ができないF級クランだとでも?」
「デト、やめなさい」
エスティさんはどこからか出した杖の先をデトに向けている。
これが一触即発の状況というやつか。
「すっこんでろ、尻軽。虚仮にされて黙ってられると思ってんのか?」
「先ほどから気になっていたのだが、君はどうしてエスティさんにだけ非があるような口調で話しているんだ?」
「あぁ? おれにも非があるってのか!?」
「大抵の場合は、どちらにも非があるものらしい。だが、俺は君の事情を知らない。良ければそれを教えてくれないか?」
「どうして無関係のやつに教える必要がある」
「仲間を一方的に責め立てられるのは腹が立つからだよ。……あぁ、俺は腹が立っていたのか。言葉にして気づいたな。こういった経験が無かったから気づかなかったよ」
笑っていると、デトの殺意が少し強まる。
首筋に僅かな痛み。手で触れると、指先に赤いものがついていた。
「デト!」
「うるせぇ黙ってろ! 涼しい顔しやがって。どうやら本当に頭が沸いているみてぇだな。いいか? 想像力が足りないてめぇに、親切なおれが教えてやらぁ。もう少し力をいれたら、てめぇは2度と余計な口を叩けなくなる。これは玩具じゃねぇぞ!」
「君はやらんよ。ここで人を殺せばどうなるかがちゃんと分かっている。そこまで愚かにはなれんさ」
ニッコリ笑いかけると、デトは強く歯ぎしりをする。
そして、怒りで震える手に力を――。
「デト、そこまでにしておきなさい」
「……チッ」
デトは謎の声へ素直に従い、短剣を鞘に納めた。
顔を覗かせたのは身長の低い圧の強い女性。黒く長い髪には数本の赤いラインが入っている。鋭い眼をしていたが、そんなことはどうでもいい。
先の折れた黒の三角帽子に黒のローブ! 手には木製の杖! 本の挿絵で見たことがある格好をしているではないか!
興奮していると、女性が口を開く。
「私たちは長い付き合いのあるデトを信じ、選びました。エスティさんではなく、彼を」
「だったら余計な……」
「しかし、彼が言ったように、エスティさんにだけ非があったとは思っていません。デト、あなたの女癖の悪さを見逃すのは限界のようです。エヴァンジルに到着するまで、しっかり話し合いましょう」
「ま、待て。おれは」
「――黙れ」
圧が強まると同時に、デトが口を噤む。余程、彼女が恐ろしいらしい。
女性は小さく息を吐いた後、帽子を外し、エスティに頭を下げた。
「デトの横暴を許したこと、碌な話し合いもできなかったこと、受け入れておきながらその体勢が整っていなかったこと、そしてなによりもあなたの誇りを傷つけたこと。マスターである私から深く謝罪いたします、エスティ・カエラ」
「い、いえ、わたしも話を聞かず、熱くなって言い返してたから……その……ごめんなさい」
どうやらわだかまりは溶けたようだ。これにて一件落着か。
女性は顔を上げ、帽子を被り直し、エスティを見た。
「あれからデト抜きで私たちは話し合いました。良ければ、私たちにもう1度チャンスをいただけませんか?」
「はぁ? おれはそんなこと認めねぇぞ!」
「黙れ。誰が口を開いていいと言った」
またデトは口を噤む。やはりマスターにはこういった威厳も必要なのだろう。参考になる。
俺は感心しながら、エスティさんの肩に手を乗せた。
「ちゃんと見てくれている人はいるということだ。良かったな、エスティさん」
「うん……でも……」
「エスティの今後のことを考えれば、確実に戻ったほうがいいです。あなたもそう思いますよね?」
女性の問いに、俺は逡巡せず首を横に振る。
「いや、それとこれは話が別だ。俺は譲るつもりはない。それにスカウトしたいのなら、こちらが断られてからにしてくれ」
「道理ですね。分かりました」
あっさりと首肯した辺り、彼女もそのことは分かっていながら、敢えて話を振ったのだろう。強かな人物だ。
女性はデトの尻を叩いて部屋から追い出し、自分もその後を追う。
だが1度足を止め、こちらを見ながら小さく口を動かした。
「……
彼女はそのまま立ち去って行く。
なんと言っていたかを知るのは、俺がブレイカーになり、かなり経った後のことだった。
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