4話 仲間にしたい1人目

 小さく息を吐いた後、彼女は自分の名前を名乗った。


「わたしの名前はエスティ・カエラ。エヴァンジルでブレイカーをやっているわ」

「俺と同僚ということになるな」

「サードもブレイカーなの?」

「いや、これから


 エスティさんは目を丸くする。


「なるって……まだブレイカーでもないのね。まぁなることは難しくないでしょうけど、生き残るのは簡単じゃないわよ。お金稼ぎなら違う仕事をオススメするわ」

「いいや、ブレイカー以外の仕事は選べない。俺の目標は、エヴァンジルを踏破することだからな」

「エヴァンジルの踏破!? 町のことじゃなくて、ダンジョンのことよね? 自分がなにを言っているのか分かってる?」


 俺が頷くと、彼女は驚いた様子を見せた後に、なぜかフードを外した。

 ところどころに赤の混じった波打つ金色の髪は、頭の後ろで1つに結ばれている。宝石のように輝いて見える翠色の瞳。

 彼女が頭を少し動かすたびに結ばれた髪も動く。

 目で追い続けていると、彼女が言った。


「気づいた? ブレイカーを目指しているなら、この顔を見れば分かるわね?」

「あぁ、さっき見た誇り高き美しい馬の尻尾のようだ」

「え? もしかして髪の話してる?」

「美しい金色の髪が、君が動くのに合わせて揺れている様には、どうしても目が奪われてしまうな」

「いや、そうじゃなくてね?」

「透き通って見えるほどに澄んだ美しい翠色の瞳の話だったか?」


 俺の言葉を聞き、エスティさんは苦笑いをした。


「ははっ。そういえば記憶喪失って言ってたわね。えぇ、そうよ。初対面の相手からすれば、わたしの取柄なんて、人より少しだけ褒められる容姿と回復魔法だけ。間違ってないのかもしれないわ」

「なにを言っているんだ? 君の取柄は優しい心だろ?」


 呆然とした顔のまま固まっているエスティさんを見て、不思議に思いながら話を続ける。


「怪しい男を部屋に招き入れ、ちゃんと話を聞いてくれた。それだけでも君が優しい人だと伝わってくる」

「招いてはいないわよ?」

「結果は同じだ。俺の生い立ちを聞き、いい人たちと出会えたことも喜んでくれた。多少は別の感情も混ざっていたようだが、そんなものはどうでもいい。他人の出来事を正しく喜んであげられる。君は優しい人だよ、エスティ・カエラ」


 エスティさんはなにかを言い返そうとしたが止まり、言葉に詰まる。

 だが苦し気な表情のまま、それでもと言い返す。


「わたしが、エヴァンジルでどう言われているかを、どう扱われているかを知らないから、優しい人とか言えるのよ」

「なら教えてくれ。どう言われ、どう扱われているんだ?」

「……美しい容器に収められた、高級な回復薬よ。ヒーラーという稀少な役割ロール。整った容姿。より優れたそれを、手元に置いておきたい。できることならば、自分の物にしたい。それだけよ。みんな! わたしのブレイカーとしての能力にも、人間性にも興味がない! 黙って回復をして、自分の隣に笑顔で立っていてくれれば、それでいいのよ!」


 前半は落ち着いていたが、後半は荒れている。堰を切ったように溢れ出した言葉が、彼女の本心だろう。

 それを全て踏まえた上で、俺は言った。


「良い解決方法がある。俺の仲間になれ」

「……ははっ。そうね、ヒーラーは欲しいわよね。別に責めているわけじゃないわよ? それは普通のことで――」

「回復は行わないでいい。君の顔が爛れていようとも、回復ができずとも関係ない。俺は、エスティ・カエラとエヴァンジルを踏破したい。その優しき心が、他のなににも代えられないものだと、俺は知っている」


 手を取れ、と差し出す。

 美しい容姿も、そもそも稀少かもよく分かっていないヒーラーという役割も興味が無い。


 彼女が求めているものは、信頼できる、自分自身を正しく見てくれる仲間。


 それは、俺が仲間に求めているものと同じもの。

 確実に強さでは一番劣っている俺と、共に歩んでくれる、決して諦めない強く優しき魂の持ち主。


 俺は彼女から、それを感じ取っていた。


「新設のクラン。確かに、それなら」


 エスティさんは震えながら手を伸ばす。だが触れる前に指を折り、膝上へ戻した。

 やはり、まだブレイカーにもなっていない者に誘われても、言葉に重みというものが足りないのだろう。

 残念に思っていると、彼女は顔を上げ、真っ直ぐに俺を見た。


「これから十日間、エヴァンジルまで一緒に過ごしてもらうわ。そして、サードがエヴァンジルでブレイカーになり、わたしの流されている悪い噂を聞いた後、もう1度声を掛けるか決めて」

「より情報を得て判断しろと? 俺の答えは変わらない。だが、君がそれで納得できるのならそうしよう」


 クスクスとエスティさんが笑う。


「どうして記憶喪失のくせに自信たっぷりなのよ。一目で相手を見抜けるような経験も無いでしょ」

「……まぁ、なんだ。うん、そうだな。痛いところを突かれてしまった。人付き合いとかよく分かっていないから、直感頼りなところが強い。君に関しては自信がある。だが、これから色々な人に騙されたりするだろうか。どうしよう……」

「そこは自信満々に答えなさいよ! 本当によく分からないやつね」


 申し訳なく思っていたのだが、別にその必要はなさそうだ。

 エスティさんの顔から憂いは消え、楽しそうに笑ってくれているのだから。

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