3話 自分も誰かへ親切にしたい
文献でだけ知っていた列車というやつは、芋虫を繋いだような形をしている。それがガタガタと揺れながら結構な速さで進み、乗客は椅子に腰かけ、目的地までまったりと過ごすのだ。
貨物車と呼ばれるものの中には、荷物が積まれているだけでなく、動物が乗っているものものあった。これが牛とか馬か。興味深い。
興奮気味に列車を歩いた後、自分が失敗したことに気づく。空いている席が残っていないのだ。
十日間立って過ごすのは嫌なので、席が空くのを待つしかない。
しかし、通路の間で待つのは辛いものがあり、人けの少ない場所へ向かうことにした。
先ほど探索していたときに見つけた、扉のついた個室のある、人けの少ない車両に移動する。
ホッとしながら通路で、窓の外を流れる景色を見ていたら、個室の扉が開かれた。
「話しは終わりね。わたしは抜けさせてもらうわ」
「勝手にしろ! 優しくしてやればつけあがりやがって!」
女性は罵倒を浴びせる者たちに背を向けたまま、辛そうな顔を隠すようにフードを深く被る。
そして3つほど離れた個室へ、1人で入った。
明らかに厄介ごとだ。事情も分からない。関わるべきではない。
そう思っていたのだが、頭の中にペッポ殿の顔が浮かびあがる。
彼ならばどうするか。彼のようになるためにはどうすればいいか。
答えは1つだった。
女性の入った個室の扉を叩く。
すぐに少しだけ扉が開かれ、女性は俯いたまま聞く。
「なにか?」
「少し話がしたい。中に入っても?」
「え、嫌です」
扉が閉じられる。どうやら失敗してしまったらしい。
口に手を当て、なにが悪かったかを考える。
答えが出て、もう一度扉を叩いた。
「はい……?」
「俺の名前はサード・ブラート。見ての通り、面を着けている怪しげな記憶喪失の男だ。決して怪しい者ではない」
「いえ、自分でも言っていたけれど怪しいわ」
「……確かに言ったな。自己紹介までは良かったのだが、余計なことを言ってしまった。やり直しても構わないだろうか?」
騒いでいるせいか。他の個室の人が、扉を少しだけ開いて様子を伺ってくる。笑顔を見せたが、扉を閉じて隠れてしまった。
それを見て、女性は小さく息を吐く。
「あの……もういいわ。とりあえず中に入って」
「ありがたい」
俺が中に入った後、女性は扉を固く閉じる。
そして椅子に腰かけ、足を組んだ。
「勘違いしないでほしいんだけど、中に入れたのは、見られたくない相手がいたからよ。物売りかナンパか知らないけれど、言いたいことを言ったら出て行って。1人になりたいのよ」
向かいの席へ腰かけると、女性は少しだけ嫌そうな顔を見せる。
気にせず、窓の外へ目を向けた。
しばしの穏やかな時間が過ぎる。女性が強く自分の膝を叩いた。
「用件は!?」
「用件は今済ませている最中だ」
「座りたかっただけってこと!? ここは専用席! 自由席じゃないのよ!」
「いや、そうではない。なにか辛いことがあったようだったので、力になりたいと思ったのだが、初対面の相手から事情を聞き出すのも良くないだろ? なので、せめて1人にならないようにしてやりたいと思ってな」
「わたしは1人になりたいって言ったでしょ!?」
確かに言っていたが、それでも誰かがいたら嬉しいかと思っていた。
自分が失敗したことに気づき、退出しようと立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どうしてそんな項垂れるわけ? わたしが悪いみたいになるじゃない……」
「君は悪くない。悪いのは、そういったことに疎い俺の方だ。謝罪する。すまなかった」
胸に手を当て謝罪をし、今度こそ退出しようとする。
しかし、女性に腕を掴まれた。顔はもう訳が分からないといった感じだ。
「分かった、分かったわよ。座って」
「いいのか?」
「どうして遠慮するのよ。その謙虚さは最初に見せるところでしょ?」
そういうものなのかと学習し、もう1度腰掛ける。
女性は額に手を当てながら、俺に言った。
「最初からやり直しましょう。聞いていなかったから自己紹介をしてくれる?」
「あぁ、分かった。俺の名前はサード・ブラート。見ての通り、面を着けている怪し……くない記憶喪失の男だ」
「怪しいわよ! 面で顔の上半分が見えないだけで怪しさ満点よ! それに記憶喪失? 怪しさの塊じゃない!」
「……怪しい記憶喪失の男だ」
「言い直せばいいってことじゃないかわよ。それで、どうして話しかけて来たのかを詳しく教えてくれる?」
ジトッとした目で見てくる彼女に、俺は説明を始めた。
海岸で目覚めたこと。記憶喪失。顔には面。親切なペッポ殿に助けられたこと。娘のミーミさん、優しい家族たち。
意気揚々とペッポ殿たちのことを語っていたのだが、ここでストップが掛けられた。
「待ってくれる? 生い立ちみたいになってない?」
「ここからが本題だ。言い争いながら廊下に出て来た君を見て、俺も親切にするべきだと思った。ペッポ殿のように」
「いい人たちと出会い、自分も優しい人になりたいと思ったのね。羨ましいわ」
そういった彼女の顔は憂いを帯びていた。
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