1話 全裸で仮面で記憶喪失の不審者
遠目に見えた小舟の方向へ歩くこと十数分。
まるで体力が無いため息を荒げながらも辿り着くと、こちらに気づいた少女と目が合う。2,3歳下に見える少女は悲鳴を上げた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「やぁ、かわいらしいお嬢さん。私……いや、俺は記憶喪失でな。ここがどこか教えてもらえないだろうか?」
「どうして普通に話してるんですか!? ま、まずは前を隠してください」
「これは失礼」
手で股間を隠し笑顔を向けると、少女は顔を手で覆ったまま話し始める。
「それで、あの、記憶喪失? 本当ですか?」
「信じられない気持ちはよく分かる。しかし、他に説明のしようがなくてな。どうか助けていただけないだろうか」
「とりあえず、おとうを呼んできます。ここで待っていてもらえますか?」
「もちろんだとも。深い感謝を」
素直に従い待っていると、数人の屈強な男性が近寄って来る。手には銛などがあることから、漁の途中か帰りだったのかもしれない。
「やぁ、仕事中にすまない」
「手を上げろ変態野郎! なにか隠して持ってないだろうな! うちの娘になにしやがった!」
「もちろん手を上げるとも。しかし、誓って親切なお嬢さんには指一本触れていない」
「こ、股間を隠せ!」
「そうしたいのだが、指示に従い両手を上げているのでな。前が見えているのは許してもらえないか?」
「背を向ければいいだろう!」
確かにと、男たちに背を向ける。
その瞬間取り押さえられ、縄で全身を縛られたまま、近くの小屋へ連行された。
小屋の中には道具などが押し込まれており、中央には焚火を炊く場所もある。休憩にも使われているのだろう。
娘を背に隠しながら、父親が言う。
「それで、なにをしてやがった」
「なにもしていない。お嬢さんにも伝えたが、俺は記憶喪失でね。ここがどこだか教えてもらおうとしていた」
「全裸の変態野郎の言い分を信じると思ってんのか!?」
「気持ちは分かるが、俺は無害な男だ。見ての通り、布一枚持っていない。信じて大丈夫だ」
敵意が無いことを示そうと笑って見せたのだが、父親は苛立った顔をした。煽っていると思われたのかもしれない。
「仮面を取って顔を見せろ」
「色々試したのだが、この仮面は外せなくてね。疑うのなら引っ張ってもらってもいい」
父親は立ち上がり、俺の仮面を引っ張る。
「痛い痛い。いや、本当に痛い。待ってくれ。顔の皮が剝がれそうだ。なぜ剥がれない? 不思議だが、それよりもなによりもともかく痛い。この辺で許してもらえないだろうか」
嘘ではないと信じてもらえたのか、父親が手を離してくれる。
顔を擦りたいところなのだが、拘束されているのでそれはできない。ただ顔を振って痛みを誤魔化した。
「記憶喪失ってのが事実か分からんが、こいつはたぶん奴隷だな」
「そうなのか?」
「あぁ、外せない面は隷属させるための道具だろう……って、どうしてお前が感心してんだ。本当に記憶喪失みてぇな態度しやがって。仮面全裸の変態野郎が」
記憶喪失で誤魔化して生きるつもりだったので、奴隷かもしれないという設定が追加されたのは想定外だった。
父親だけでなく、他の男たちの顔にも同情の色が見える。良い人たちのようだ。
「んー、そうだな。場所くらいはいいだろう。ここはディアンドル大陸だ」
「ディアンドル大陸か。なるほど、聞き覚えがないな。海もあるし、あなた方は漁師なのだろうか?」
初代シャルム王国国王が活動していた、福音のダンジョン《エヴァンジル》がある大陸だ。予定通りの大陸へ辿り着けていたことに、心の中で拳を握る。
しかし、喜んでいる俺とは裏腹に、父親は渋い顔を見せた。
「誰が質問していいって言った?」
「確かにその通りだ。謝罪をする。すまなかった。これからは聞かれたことにだけ答えよう」
「不審者が素直すぎるのもそれはそれで調子が狂うんだよなぁ」
父親たちは俺を小屋に残し、外へと出て行く。仲間内で相談するのだろう。
寒さに体を震わせていると、少女が中に戻って来た。
近くに置かれていた布を2枚、肩と下半身に掛けてくれる。
「ありがとう、優しいお嬢さん。しかし、すぐに出たほうがいい。俺と一緒にいるところを見られれば、お父さんたちにとても嫌な顔をされてしまう。悪くない君が叱られる姿は、俺も見たくないのでね」
少女はコクリと頷き、小屋を出ようとする。
だがそこで、運悪く戻って来た父親と出くわしてしまった。
「おま――」
「待ってもらいたい。お嬢さんは、俺に布を掛けてくれただけだ。決して他のことはしていない。どうか、お嬢さんの優しさを責めないでもらえないだろうか」
懇願する俺に、父親は息を吐いた。
「あのな。外でも話し声は聞こえてんだよ」
父親は呆れ顔で、俺の縄を解き始める。
さっぱり意味が分からない内に、俺は自由の身を取り戻していた。
「なぜ拘束を?」
「奴隷ってことは、記憶喪失にでもしておかないと都合が悪いからな。それに、お前はうちの娘を気づかった。悪いやつじゃねぇだろってのが、オレたちが出した結論だ」
胸に手を当て、親切な方々にただ感謝の意を示した。
海辺から少し離れると家々の並んでいる村へ辿り着く。
初めて見る村を興味深く観察していると、少女の父親ペッポ殿が口を開いた。
「どうして港がないんだ? と思っただろ。みんなそう言うが、食うに困ってねぇだけマシさ。ここは面白みもない普通の村だ。他にも色々ないと、港を作るは難しいらしい。予算がたっぷり必要なんだとさ」
ここを港町にすれば彼らの生活は楽になるかもしれないが、国が動いてくれなければどうにもならないということだ。
連れて来られた家の中に入ると、彼は疲れた様子で椅子に座り込む。
すぐに姿を現した奥方は、俺に驚いた顔を見せたが、ニコリと笑いお茶を注いでくれた。
「いらっしゃい。お客様かしら?」
「突然の来訪をお詫びいたします。ペッポ殿の奥方で合っていますでしょうか?」
「あら奥方なんて。照れちゃうわ」
少し恥ずかしそうにする奥方を見て、ペッポ殿は肩を竦める。
「客なのか? どう思う?」
「ふむ、そうだな。客として扱っていただけると助かりはするが、記憶喪失の不審者が妥当なところではないだろうか」
「なら、客でいい。今日は泊めるからよろしくな。それと、着古した服でも出してやれ」
ペッポ殿は横柄な言い方をしていたが、奥方は慣れているのだろう。はいはい、と言った様子で受け入れていた。
自分より大柄なペッポ殿のお古を着れば、ダボッとした姿になる。しかし、裸よりはマシだ。奥方に礼を告げた。
紅茶などではない、草の風味の強い変わったお茶を飲んで一息ついていると、ペッポが言う。
「それで、なんか覚えてることはないのか?」
「おぉ、記憶喪失だと信じてもらえたようだな」
「話が進まなくなるから、そういうことにしておいただけだ」
ハンッと鼻を鳴らすペッポ殿に、想定した返事をする。
「先ほど《エヴァンジル》という単語を思い出した。なにを意味するか知っているだろうか?」
「福音のダンジョン《エヴァンジル》か、そのダンジョンがある迷宮都市エヴァンジルか。まぁどっちにしろ場所は同じだな」
「福音のダンジョン? 迷宮都市?」
「こっから近くの町までは1時間。そっから数日でエヴァンジルに辿り着ける。ダンジョンの詳しい説明は、ブレイカーギルドで聞いてくれ」
ブレイカーという単語を聞き、ただ頷く。
ダンジョンを踏破することを目的とした、命知らずの存在。それが
俺の目的がダンジョンの踏破である以上、ブレイカーになることは最低条件だ。
ペッポ殿が椅子に体を預け、ギシリと音が鳴る。
「明日の仕事を手伝え。漁が終われば、町に海産物を卸しに行く予定だ」
「つまり、町まで送ってくれるということか。ペッポ殿は本当に親切だな」
「そ、そういうことじゃねぇ! 町へ行くついでに、てめぇを連れてってやらんこともないって話だ! 勘違いするんじゃねぇぞ!」
「うむ、よく分かった。ペッポ殿のご厚意に感謝を」
違うと叫ぶペッポ殿を、奥方が宥める。
きっとこういうところが気に入って結婚したのだろうと、俺は笑顔で2人を見るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます