不死の王子、呪いを解く旅に出る

黒井へいほ

プロローグ

 深夜。誰かの気配を感じて重い瞼を開ける。

 弱い頭痛。全身に痺れがあり体は鈍い。ただ目だけを横に向ける。

 窓から差す月明かりを背に、椅子へ腰かけている、自分の紫色の髪と瞳とは違う、青色の髪をした男と目が合う。男は、自分の喉元に剣を突きつけていた。


「起きたか、ゼクス」


数年振りに見た顔へ、痺れを残しながら笑みを向ける。


「お久しぶりです、兄上」

「話せるのか。なら話が早い。遺書を書く時間はくれてやる。意味は分かるな?」


 これからお前を殺す。そう伝えて来る我が国、シャルム王国の第三王子トレイス・シャルムの顔からは、悲痛さが隠せていない。

 クスクスと笑っていたら、トレイス兄上は眉根を寄せた。


「冗談だと思っているのか?」

「いいえ、違います。本当に兄上は、他のやつらと違い、お優しいなと喜んでいました」

「……どういう意味だ?」

「王位に就ける者はただ一人。呪い子を殺せた者を私は高く評価する」


 ビクリと兄上が肩を揺らす。

 ほぼ同じ言葉を伝えられ、ここへ来たことはよく分かっていた。


「全員に伝えられたのは3年前ですよね? 兄上以外の兄弟姉妹は、もう全員が私を殺しに来ましたよ」

「なに、を」

「こういうことです」


 遠慮がちに喉元へ突き付けられていた剣へ、自分の喉を押し付ける。

 血が噴き出したのを見て、兄上は驚きながら立ち上がり、剣を後ろへ引いた。


「このバカ者が! 死にたいのか! 今、医者を呼ぶ!」


 離れようとした兄上の腕を掴んで止め、自分の首元を指さして見せた。

 自分からは見えないが、感触で分かる。傷口はジュクジュクと音を立てながら再生を始めていた。


 兄上は手から剣を落とし、口元を押さえながら目を見開く。

 話せる程度に再生されたので、説明をすることにした。


「不死なのです、この身は。呪い子と呼ばれているのも、すでに全員が殺しに来たのに生きているのも、それが理由です」

「……あり得ない」

「見たままの事実を受けいれてください。説明もいたします」


 兄上は目を見開いたまま聞く。


「しかし、ならどうして殺せない者を殺せと? まるで意味が無いではないか!」


 普通の感性を持っていれば誰もが感じる疑問へ、この質問は初めてだなと嬉しく思いながら答える。


「権利のある者は複数。しかし、玉座は1つ。殺せないのであれば、どうすることが正解だと思われますか?」

「……自分以外の王位継承権のある者を殺せということか!? そんな話は信じられん!」


 兄上は壁をバンッと叩いた後、崩れ落ちるように椅子へ腰を下ろす。

 しかし、少し時間が経ち、冷静さを取り戻して口を開いた。


「父上の兄弟姉妹は、そのほとんどが病死している。私の知る限りでは、生き残った者は王位継承権の無かった者たちだけだ」


 認めたくはないが認めるしかない事実がある。

 それに気づき、兄上は額に手を当て俯く。


「皆、その事実に気づいているのか?」

「何人かは薄々気づいているでしょう。しかし、私が全てを打ち明けたのはトレイス兄上だけです」

「私だけ? なぜだ?」

「幼きころから優しくしてくれたのも、眠っている私が起きるのを待っていたのも、遺書を書く時間を与えようとしたのもトレイス兄上だけだからです」


 ずっと虐げ、眠っている私に声を掛けることもなく、ただ殺そうとした兄弟姉妹たち。その中で唯一、弟として扱ってくれた相手。心を許すのも当然のことだ。


狂っている」

「王族たちがおかしいことにはお気づきだったのですね。ですから、私はまともだった兄上だけを家族だと思っておりますし、玉座に就いていただきたいと思っております」


 それがどういう意味か理解したのだろう。兄上は首を横に振る。


「無理だ。私には殺せない」

「問題ありません。解決方法があります」


 驚いた顔を見せる兄上に、淡々と説明をする。


「この呪いは、呪い子が生きている限り、王国を繁栄させるというものです。呪い子は二十歳の誕生日までしか生きられないので、その2年前から子作りをさせます。新たな呪い子は閉じ込め、他国にも情報が漏れないようにします。この儀式は都合が良いのですよ。殺せないと分かれば、殺せる者を殺すしかない。そうすれば、事実を知っている者は減りますからね」

「……納得はできないが理屈は分かる。続きを」

「しかし、これは殺せないという前提条件があるから成り立ちます。殺せないのならば、殺せるようにすれば良いのです」

「呪いを解く、ということか。今さら、呪いが無いとは言わぬし、王国の不自然な繁栄に貢献しいたことも疑わん。しかし、そんなことができるのか?」


 立ち上がり、壁の本棚に向かう。

 仕掛けを動かせば、小さな隠し部屋が姿を現した。


「ここは……?」


 石造りの壁と床。いくつかの棚。机と椅子が1つずつ。

 あまりにも冷たい部屋がそこにはあった。


「初代国王陛下の秘密部屋です」


 私の言葉で、ここが当時別邸であったことを思い出したのだろう。

 棚にある本を手に取り、兄は目を細めた。


「これは、日記か? それと研究記録?」

「私の母を含む、犠牲となった49人の呪い子たちが残した物です。全てに目を通すことで、呪いの正体も、それを解く方法も見つけ出しました」


 母と口にしたからだろう。神妙な顔を見せる兄上に、私は結果を伝える。


「ダンジョンを踏破した者には、どんな願いでも1つ叶えることができます。私はダンジョンを踏破し、この呪いを解きます」


 私の言葉に、兄上は首を横に振る。


「それはただの噂話だ。もし事実なら、噂で終わっていないはずだからな」

「いいえ、噂ではありません。そもそもの話になりますが、このあり得ない呪いはどこで生み出された物だと思いますか?」


 兄上はハッとした顔を見せた。


「まさか、ダンジョンを踏破して願ったと?」

「えぇ、その通りです。初代国王セロ・シャルムが建国できたのも、あらゆる問題が解決され王国が繁栄した理由も、全てはそこに繋がっています」


 丁寧に箱へしまわれている白い本――初代国王の日記を取り出し、兄上の前に置く。

 彼はザッと目を通し、深く息を吐いた。


「分かった、これが事実だったとしよう。なぜ私に打ち明けた。1人で逃げ出したほうが良かったのではないか?」

「1人で逃げ出すことなどは不可能です。彼らはどんな手を使っても呪い子を連れ戻します」

「……私も、その彼らの1人だ」

「いいえ、違います。だって兄上はこの国を愛していますが、王族と現体制は嫌いですからね」


 第三位の王位継承者、トレイス・シャルムは目を丸くした後にクスリと笑みを零し、そこからは我慢ができなかったのか、腹を抱えて笑い始めた。


「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! そんなことまで分かっていたとはな! あぁ、その通りだ。私はこの国を愛しているが、自分たちを神かなにかだと勘違いしている王族たちを、王政を絶対とする政治も嫌っている。別の力が働いていることは突き止めていたが、まさか呪いとはな。ありがとう、ゼクス・シャルム。事実を知ることで、我が弟を犠牲にしているこの国が、より嫌いになれたよ」


 普段は優しすぎる面に隠されている、秘められた苛烈さと野心を表に出した兄上へ、ただ片膝をつく。


「トレイス・シャルム次期国王陛下。私はあなたの忠実なる従僕。陛下の願いを叶えるため、この間違った国を正すために、呪いを解く機会をいただけないでしょうか」


 我が王は、その言葉へ訝し気な表情を見せる。


「汝が裏切らないという保証はどこにある?」


 その予想されていた問いかけに、石畳の中へ隠されていた1つの箱を取り出した。

 中身は顔の上半分が隠れる仮面。


「この面は決して壊れることがなく、着けた者にしか外せず、その者の命令を絶対遵守いたします」

「死ねと命令をしても死なない者に、命令をできて意味があるのか?」

「これは我が母が、人生を賭して手に入れた物です。呪いを超え、死をもたらせる力があると母は信じていました。私もそれを信じています」


 俺は心の底からそう思っていたのだが、兄上は悲し気な表情を見せる。まるで自殺のように聞こえたのだろう。

 しかし、そう感じてくれる方だからこそ、忠誠を誓えるのだ。

 私の顔に震える指で面を着け、兄上は命じる。


「私にあらゆる情報を伝えるな。繋がらぬ偽名を今後は名乗れ。そして……必ず呪いを解け」

「仰せのままに」


 あまりにも優しすぎる命に、甘いなと感じる。同時に、この人を信じて良かったとも思えた。


 鏡に映った自分の髪は、紫から変じ、黒く染まっている。存在を隠蔽し、阻害する効果があるというのは本当だったようだ。

 腰元まで伸びていた長すぎる髪を、首の後ろで切り落とす。

 これでもう、余程のことが無い限りバレる心配はない。

 兄上は躊躇っていたが、意を決したように私の体を抱きしめた。


「虐げられているお前を守れない自分を恥じ、ずっと後悔していた。贖罪の機会を与えてくれたことに感謝を」

「兄上がいたから生きていられましたいや、死なないだろ、というのはやめてくださいね。心の話です」


 私の冗談に、兄上が呆れた笑みを浮かべる。

 ――そして、我々は計画を開始した。



 空気の抜ける穴だけを残した鉄の箱の中に閉じ込められ、強力な炎の魔法で燃やされる。

 過去にも数度経験したことのある地獄の苦痛を超えれば、自身だった灰と仮面だけが残り、それが海に撒かれた。


 後は賭けだ。恐らくだが、この面を中心に灰は集う。うまくいけば灰は波に乗り、再生されながら別の大陸へと辿り着く。

 この方法は、不死をも殺せるはずだと提案されたが、実行されていなかった方法の1つ。死を確認できないからだ。


 しかし、確認できないからこそ良い。兄上が死んだと報告すれば、それを否定することはできない。追手は差し向けられるかもしれないが、見つけ出せる可能性は低い。


 問題があるとすれば、本当に灰が集って、肉体が再生されるかが分からないことだ。

 最悪の場合、この広い海で意識を残したまま永遠に漂い、2年後に死ぬ。


 だが、恐れはない。この程度の難問を乗り越えられないのであれば、ダンジョンの踏破も不可能。成功することを、ただ信じた。



 波の音。青い空。白い鳥。

 ピューッと口から海水を吹く。それでは足りず、オエーッと吐き出すことになった。

 最悪の気分だったが、生きたまま焼かれることや、毒を飲まされ続けるよりは遥かにマシだ。


 しかし、大きな問題もあった。


「仮面で顔の見えない全裸の男、か。成功した後のことは頭から抜けていたな」


 立ち上がり、ここが予定通りの場所だと想定し、シャルム王国があるはずの方向を見た。


「では、呪いを解く旅を始めるとするか」


 ゼクス・シャルムとして閉じ込められた18年と別れ、俺はついに一歩目を踏み出した。

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