迷宮と職人の国

 あまり深く考えてなかったけど、こういう事含めて、改めて違う世界だと再認識した。

 すると、アスティベラードがノクターンの元へと行き、御者をロエテムと交代した。

 なんだろうと思っていたら、ノクターンがいそいそと俺の前へと佇まいを整えて座る。

 あ、これもしかしてと俺が思った時、アスティベラードがノクターンに指示をした。


「ノクターン、創世記を」


 その言葉を聞いて、俺は察して座り直す。

 ノクターンのわくわく語り講座が始まるのだ。


「はい…」


 ノクターンが、すぅ…、と息を吸い込む。


「……始めに在ったのは、燃える赤い海と黒く焼けた大地。

そこはまさしく死の世界。

 そんな世界にたった一つ、芽吹いたるが世界樹セフィロト。

 世界樹はこの世界を嘆いて哀れみ、良い世界にしようと枝を伸ばす。

 根を伸ばして炎を止め、葉を広げて肥沃の土地とし、

 水を湛えて礎とし、実を結んで我らを産み落とした。

 花を咲かせて蜜を与え、我らの繁栄を遥かな空より見守った。

 故に我らは世界樹の子。偉大なる母よ、永遠であれ…。


 これが誰もが習う創世記の一文です…」


 創世記を聞いた俺の感想は、変な世界、だった。

 そもそも実を結んで我らを産み落としたの一文が特に分からない。まるで木の実から生まれたみたいじゃないかと、俺は思わず質問した。


「それだとさ生き物が木の実から生まれたってことにならない?もしくは直に枝に成ってたみたいな。植物は植物でしょ??」

「正確には、地面の近くにある枝に実ったものから、と言われてますが。実際に見た方はいないのでなんとも…。でも、教会や本には木の実から出てきている風に描かれてますし…」

「まじで木の実から生まれたのか…」

「全能の木ですから…、もしかすると嘗てはそういう力もあったのではないかと…」

「ほぉー」


 あまりにも自分の知る常識とかけ離れすぎていて、まるで聖書を読まされた気分だったが、ここは異世界だ。そういうこともあるんだろう。と、俺はとりあえず納得することにした。

 そもそも魔法がある世界なのだ。

 自分がいた世界と比べてもどうしようもない。


 しかし、改めて創世記を聞いた事でドルチェットは素朴な疑問が生まれたらしい。


「そういや生まれたのは人間だけじゃねーよな。なんで教会は人間優先思考なんだろうな?」

「自分達が人間だからじゃない?」

「…なるほど?」


 だがその素朴な疑問はジルハの一言で解決したのだった。








 丸一日移動に使い、翌日の昼前に森を抜けた。今いるところは高台で、崖のような所から見下ろすと町のようなものが見えた。あれが目的の町だ。


「検問がないね」


 着いた町には高い城壁はあるものの、門番らしきものが居なかった。その代わり門の近くの看板には『ウーログン』という町の名前が書いてある。

 そのまま行っても良いのだろうかと思いながら進むと、吊り橋を渡ろうとした時に町中から一人の男性が息を切らせながら走ってきた。


「おおい!そこの馬車少し待ってくれ!」


 槍を手にした男だった。すぐ目の前にやって来ると、ひいひい言いながら息が整えようとしている。

 槍を見て少し警戒したが、男からは敵意は感じない。それどころか少し走っただけで激しく息が切れている男が逆に心配になってしまった。

 槍も仕方なく持っているような雰囲気なのでディラ達は息が整うのを待っていると、ようやく落ち着いた男が質問をしてきた。


「お前ら旅のもんか?」

「はい、そうです!」


 クレイが答えると男が町とは違う方向を指差す。


「町の道は狭い。向こうの方で馬車を預かる所があるから、そこに寄ってからにしてくれ」


 指差された方には町外れにある建物があった。

 ディラがなんとなく【千里眼/遠見】で門の中を視てみると、確かに道幅が狭い。馬車が無理に行けば方向転換すら怪しく感じた。


 クレイが男にお礼を言う。


「ありがとうございます!」


 男に言われた通りの場所に行き、お金を払って預かって貰ってから町に入った。

 あの男が出迎えてくれ、ざっくりと宿の場所と食べ物屋の場所を教えてくれた。

 彼は“案内人”という職業の方だったらしい。


 宿を目指して歩きながら、町を見回すディラは少し興奮していた。


「スッゲー!ザ・石の町って感じ!道もしっかりしてるし、凄いな!」


 何処もかしこもレンガ造りで今まで寄った町──首都は除く──よりも治水がしっかりしていて、道もレンガが敷き詰められていて歩きやすい。

 こんな端の町なのに、と感心した。

「そりゃそうだろ」とクレイが答える。


「コクマーは迷宮都市であると同時に職人の国でもあるからな。あ、ほら、あそこ見てみろ」


 クレイの示す方向を見るとやたら背の低い人達がいる。豊かな髭を蓄え、それらを三つ編みにして飾り立てているその人達は、みんなツナギ姿で、腰には工具一式をぶら下げていた。

 遠くから見れば小熊のような体躯の人達を指してクレイは言う。


「ドワーフ達が多いだろ?土の精霊だが、コクマーでは人間と共存してる。彼らは物作りは天才だが、その他のことはからっきし。だから人間と等価交換して暮らしてるんだ」

「良いシステムだね」


 まさにWin-Winの関係だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る