さようなら、空の旅

 激しい揺れを経て、飛行船が着陸した。


「よ!」と着地すれば、一週間ぶりの地面の感触が靴越しに伝わる。

 草でフカフカする感触が、船の硬い床に慣れてしまったせいで不思議な感じだった。


「ディラ手伝え!馬車下ろすぞ!」

「あいあーい!」


 船員達と男組、そしてドルチェット交えて馬車を飛行船から下ろす。


「せーの!」

「ゆっくり下ろせ!」


 飛行船から馬車を下ろし、すぐに俺も鞄から馬を取り出して組み立てた。

 完成すると、グラーイはやれやれといった感じにのっそりと起き上がる。首を振って伸びをすると、馬車を確認すると自らそこに向かった。

 グラーイを馬車に設置して準備完了。


 クレイが最終確認を取る。


「忘れもんは無いな!」


 引率の先生みたいだなと思いながら各々調べ無いことを確認した。


 全て終えた後にダッチラーノとオルゾアが飛行船から降りてきた。最後の挨拶をしてくれるらしい。

 オルゾアがみんなに笑顔を向ける。


「じゃあな、短い間だったが楽しかったぜ。クレイも、またいつでも戻ってきて良いからな」

「はい!でもしばらくは無いですよ!オレがリーダーですから!」

「はっはっはっ!そうだったな!」


 オルゾアとクレイが穏やかな会話を交わしている一方、俺はダッチラーノに頭を鷲掴まれ、グワシグワシと雑に頭を撫でられていた。


「うわっわ!わわわ!」

「こいつもいっちまうのかぁー!寂しくなるなぁー!」

「あ、あたまがもげるうううううう」

「わははははは!!お前もいつでも帰ってこいよお!歓迎するぜぇー!!」


 目が完全に回ったところでようやく手を離された。


「大丈夫か!?」


 世界が回転する中、アスティベラードが駆け寄ってくるのが見えた。


「目が回った…ッ」

「ならばこうするが良い」


 何をと訊ねる前に、アスティベラードは俺の両耳を摘まみ左右に引っ張る。


「いてててててて!痛い痛いアスティベラード痛い!」

「ふむ、これくらいか」


 耳がちぎれると思ったところで、ようやくアスティベラードの手が離れた。


「どうだ?」

「ぅえ…?」


 痛みを訴える耳を手で擦っていた俺は、ハッとした。


「……戻った。なんで?」

「それは良かった」

「なんで戻ったの?」

「さあ、それは分からんが、昔からそれをすると戻るのだ」

「勉強になった…」


 次からは目が回ったらこれをしよう。

 それから此処からの地理を親切にも地図付きで教えて貰い、「じゃあまた会おう!」と船員達が手を振りながら飛行船はみるみる高度を上げていった。

 彼らは、コクマーの隣の地域、ケセドに寄ってから戻るらしい。

 感謝の意を込めて見えなくなるまで見送った。

 ブラックボーンが見えなくなると、クレイは「さてと」と言いながら振り返る。


「よし!行くか!」

「おー!!」







 馬車に乗って森を行き、ついでにマーリンガンの石をばらまく。

 一仕事完了と座ると、クレイが地図を床に広げて近くの町や村までのルートを確認していた。

 俺が座ったのを確認したクレイが思い出した様に言う。


「ディラ、朗報だ。ここら辺からは教会の関係者がぐんとへるから動きやすくなるから楽だぞ」


 思いがけない吉報に理由を訊ねた。


「ふーん。なんで?」

「魔界だからだ。ここは内側に行けばいくほど人間の主導権が失われるからな、人間優先思考の教会に対して反発する輩も多い。だから魔界まではなかなか進出して来ない」

「へぇー、そうなんだ」


 確かにこれは朗報だと俺は思わず笑顔になると、ただし、とクレイが続ける。


「ただし首都に作ろうとする動きがあるから、そこは避けていこう」


 思わず、うえっ、と言いそうになった。

 なんでわざわざ反発を生む様なことをするのだろうか。アホなのだろうか。


「ということで、まずは近場の町を探そう。ノクターン、とりあえず道が決まった、お願いできるか?」


 地図を手にクレイがグラーイを操っているノクターンの元へと行く。

 今回は遭遇しないと良いなと思いながら、俺は鞄から設計図を取り出した。








 ゴトゴト運ばれながら幾つかの案を描いた設計図を描いた紙を閉じた。一旦休憩と水を飲み、そういえばと俺は前からあった疑問を口にした。


「教会ってそもそも何を崇めてるの?」


 それにみんながキョトンとした顔をする。

 その質問に戻ってきたクレイが答えた。


「何って、そりゃ世界樹だよ」

「世界樹って、シャールフの物語に出てくるあれ?」

「そうそう。ここからはまだ見にくいが、大体あそこ」


 クレイが山脈と反対側の空を指差す。

 そこには木々と青空だけが広がっている。


「あの辺りに、空に届く巨木がある。それを信仰してんのさ。あれはすべての生き物の産みの親だからな」


 俺は首をかしげた。


「どゆこと?」


 これはブリオンには無かったからピンと来ない。そんな俺の様子にドルチェットが訊ねた。


「お前の居たところはそうじゃなかったのか?」


 ドルチェットの問いに頷く。


「うちはもっぱら進化論だったし」

「シンカロン?」


 なんだそれとドルチェットに言われたが、説明しようとして言葉に詰まった。

 知っている知識ではあるけれど、それを知らない人に伝えるのは難しい。更に言えば俺もそんなに知らない。せいぜい全てのの生き物が海から発生して、人間が猿っぽいやつから進化したくらいだ。


「あーー…………、………その…今すぐ説明するのは難しいから後で良い??」

「いいぞ」


 俺があまりにも説明するのに難しい顔をしていたからか、クレイが察してくれたらしい。


「そうか。そもそもの前提から違うんだなお前の世界は」

「だったみたいだね」


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