第4話 カメさまのこと



「それで、どうしてカメさまはこんなところにいるの? それにカメさまはどうしてカメの子なの?」


 私は、手のひらに乗っている小さなカメにたずねた。

 するとカメさまは浮き上がった。


「ふむ」


 カメさまはふわふわと浮きつつ、目を閉じて、しばらく考えた後に言った。


「我は太古の昔、この地で眠りについたのだが――。どうやら偶然にも、この大きな岩が要石となっていたのか、倒れて割れた衝撃で、ほんのわずかではあるが我の魂が漏れ出したようなのである」

「へえ……。そうなんだぁ……」


 この森は、我が家の土地。

 でも、神様が眠っていた話なんて聞いたことはない。


「本来であれば小さな魂のかけらなど、すぐに霧散して消えるのであるが、たまたま目の前にコヤツがいたのであろう」

「コヤツって、そのカメ?」

「で、ある。コヤツが、我が魂を食ってしまったのであるな」

「食っちゃったんだ!?」


 魂を!


「それで我は、こちらの世界に引き寄せられて、ほんの一部のみながらも期せずして目覚めてしまったのである。カメとして」

「カメとして!」


 あるんだ、そんなこと!


「見ての通りなのである。いちいち驚かなくて良いのである」

「あ、はい」


 ごめんなさい。


「でも、どうしてカメなの?」

「そこの小川から日向ぼっこにでも来ていたのであろう」

「なるほど」


 見れば、空き地の脇には小川が流れていた。


「ちなみに岩の上にいたのは、我が必死に頑張って登ったからである」

「そうなんだー。でも、どうして登ったの?」


 川に戻れば襲われなかっただろうに。


「周囲をよく見るためである」

「なるほど。でも、すごい偶然もあるもんだねえ。たまたま岩が倒れて、たまたま魂が抜けて、たまたまカメがいたなんて」


 どんな確率だろうか。


「で、ある。とはいえ、何らかの必然はあったかのも知れぬが」

「それについてはわからないんだ?」

「今の我では無理なのである。仮に、我の目覚めが何かの連動だったのだとしても、知覚できていないのである。今の我は、キツネにすら食われかける程度の小さなカメなのである」

「あははー。そうだねー」


 小さくてかわいいよね、カメさま。

 完全にマスコット系だ。


「笑うでない。我は必死だったのである」

「あ、はい」


 ごめんなさい。


「……ちなみに、食われると、その生き物になれるとかはないの?」


 ふと気になったことを私はたずねた。


「ないのである。我はすでにカメ。殺されれば、おわりなのである」

「また眠りにつくとかじゃないの?」

「眠りにつくのではあるな」

「なら、いっそ殺されちゃえば元通りじゃないの?」

「バカを言うでない。命あるものが簡単に死んではならぬ。まして自死など己が魂を穢す行為である。それはまさに背徳なのである」

「そっかー。偉いんだねー」

「何を他人事のように。其方とて、今を生きているではないか」

「そうだねえ……。それは、そうなんだけどさ……」


 私には夢も目標もない。

 力もない。

 お姉様みたいに輝いていないのは知っている。

 私は灰色の子だ。

 手袋だって、人前で外せないし。


「でも、カメさま、浮いたりはできるんだね!」


 気を取り直して私は言った。

 うん。

 カメさまは、今、ふわふわと宙に浮いている。

 それって、すごいことだ。

 ふわふわするカメなんて、私は聞いたことも見たこともない。


「アニスのお陰なのである」

「私の?」

「アニスと契約したお陰で、自由に浮く程度の力は使えるのである」

「あー、そんなこと言ってたね。他にもいろいろできるの?」

「もちろんである! 見ているのである!」


 そういうとカメさまは……。

 ふわふわと浮いたまま、くるくると横回転を始めた!


「どうであるか! カメの大回転である!」

「すごい!」

「縦向きにもできるのである!」

「すごいすごい!」


 私は拍手して、カメさまの芸を称えた。


「でも、芸だけなんだ?」


 私はふと思ったことを言った。


「む」

「あ、えっと。ううん、芸だけでも素敵だと思うけど! 何にもできないよりは回れるだけすごいよね!」

「むむ。それは我をバカにしているのであるな」

「そんなことはないよー! すごいすごい! すごーい!」

「むむむ。嬉しくないのである」

「ホントだってばー!」

「見ているのである。他にもやるのである」


 そういうとカメさまは……。

 また回り始めた。


 ……同じ?

 ……だよね?


 というか、さっきよりもゆっくりだね……。


 と私は思ったけど、頑張って口にはしなかった。


「よく考えれば、アニスとつながった今ならば、周囲の感知くらいはできるのである。危険な存在がいないか調べるのである」

「それで回っているの?」

「うむ。感知の糸を広げる、我ながら無駄のない動きなのである」


 どうやら今回は芸ではないようだ。

 ツッコまなくて良かった!


 とはいえ、うん。


「大丈夫だと思うよー。この森は平和だしー」


 私は笑って言った。

 なにしろ定期的に、お姉様が見回ってくれているのだ。

 実際、私はこの森では、転んで怪我をしたことくらいしかない。

 安全安心なのだ。

 季節によっては、蜂と蛇には注意だけどねっ!







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