第2話
説明する、と言ったオヤシロ様は面倒くさそうだけどもちゃんと経緯を教えてくれた。
「お前は一度死んだ……と言うか仮死状態で身体ごと隔世に迷い込んだ。来た理由は知らん。しかし来たものは放っておけん、だから仕方なくここに運んだ。以上」
「……あの、ヨモツヘグイ……は?」
「ここのものを何かしら口にせんと現世の者は存在を固定できん。丁度喉も乾いていそうだったから飲ませたが?」
悪気も無ければ当たり前の事をした、と言う態度でオヤシロ様は早口で説明する。
自分が死んだ、と言う感覚と言うか記憶というか……自覚はあったけれど、オヤシロ様が言うには私はまだ、死んでは無いようだ。
現世で言うところの神隠しに近くて、本来ならば魂のみで来るはずの所にどうしてだか分からないが、身体ごと来てしまった……という訳だ。
そんなもんだからこの隔世では現世の身体は不浄の為重く倦怠感を感じるのだ、という理由だった。
喉が乾いたから水が欲しい、と思っては居たけれど、まさかそんな大事になるとは思いませんでした。
毒は入ってないけど、意味としては大変な行為だったので何も言えない私である。
「身体が楽になったのも、現世の不浄を払い隔世に合う身体に一時的に固定しただけだから心配しなくていい、ヨモツヘグイにはならん」
「じゃあ、帰れる……の?」
その質問をすると、オヤシロ様は目を伏せた。まさか、もう現世には帰れないと言うのだろうか?いや、現世に帰ったとして私はどこに行けばいいのかわからないし夫の居る場所になど二度と戻りたくない。ならば隔世に居るのは好都合なのではないか。このまま隔世に居ていいとすら思う。むしろそうありたい。
などと考えていれば、オヤシロ様は口を開いた。
「お前を帰らせてやろうにも今の俺には神気が足りん。ここに連れてくるだけで精一杯だったんだ。俺としては厄介事は早く片付けたいんだが……」
「あのっ!」
「なんだ?」
「ここで……ここで暮らす事は可能ですか!?」
私は帰りたくない、オヤシロ様は神力が足りず帰せない。ならば利害一致、この隔世で暮らしていきたい。それが私の望み。
「無理だ」
オヤシロ様の一言で私の望みは打ち砕かれた。
「現世の者が隔世で暮らす、など聞いたことが無い。それに俺の一存では決められん。俺が許しても御神体様だって反対するだろう」
キッパリと切り捨てられ出鼻をくじかれる。
すると、今までオヤシロ様にじゃれついている双子がここぞとばかりに口を挟んだ。
「にんげん、ここに住むのー」
「にんげん、ここに住むんだゾ!」
双子がそう言うとオヤシロ様は目を見開く。
「マジで言ってんのか?それ……」
「マジ、なのー」
「マジ、だゾ!」
「……嘘だろ……」
目を隠して天を仰ぐオヤシロ様。
それと反対に楽しそうな双子。
「何か、問題が……?」
質問してもオヤシロ様はため息をつくだけで。
この双子が口を挟んだことによっていつの間にか私はここに住むことが許されているんだけれど、それは私にとっても都合がいいので少し黙って事の顛末を見守って居ようと思った。
「こっちはミタマ、こっちはマタマと言う。この神社の御神体様の付喪神だ。御神体様本人と思っていい」
暫くの沈黙の後、天を仰いだその格好のままでオヤシロ様が双子の名前と、正体を教えてくれた。
「みぃがミタマなの」
「まぁがマタマだゾ!」
白髪がミタマ、黒髪がマタマ。
オヤシロ様の両隣で元気よく手を挙げる。
双子の可愛い仕草にほっとするも、先の一言にどれだけの情報量が含まれているのだろう。ここは隔世で、神社で、目の前の双子はその神社の御神体の付喪神……頭がパンクしそうだ。
一個一個が理解できなくて、どこから遠い場所から状況を見ているようだった。
あ、そうだ。これは現実(?)逃避だ。
「こんなナリをしているが、双子は俺より神格が高い。高いが故まだ神としての存在が危うい。だから管理、守護する存在が居る。それがオヤシロ……俺のことだ」
覚悟を決めたのか、天を仰いでいたオヤシロ様は私を見据えると、多分、自己紹介をしてくれたのだろう。簡単な説明を交えつつ名乗られる。慌てて私も布団に座ったままだが、向き合い正座し直して自己紹介を返す。
「あ……私は、島崎若菜です」
「こいつらが決定した事に俺は反対出来ん。暫くの間ここに住むがいい。……が、神力が復活し次第すぐにでも現世に返す」
「え、あ、あの……っ」
「しばし休め」
オヤシロ様は私の言葉など聞きもせずに部屋から立ち去ろうとする。
どことなく歓迎されてない、というか……まあ、それは突然得体の知れない人間が来たらそうなるのは分かるけど、それとは違う……拒否?だろうか……それとも拒絶?
とにかく関わりたくない、という雰囲気を惜しげも無く出しているのがわかる。
いくらここの御神体様が決定したからと言って、管理しているオヤシロ様が嫌がっているなら甘んじてここに居座るつもりは無い。
もし可能ならここでは無いどこかでもいい、迷惑にならない所へ案内してくれたらオヤシロ様の神力というものが戻るまで大人しくしているつもりだ。
現世になど戻りたくないが、他人様にこれ以上迷惑もかけたくないのだ。
可能なら神力が戻って帰ることになっても、どこか遠く……夫から逃れられるような場所に辿り着けるように取り計らってもらいたい。
そう告げるつもりで去っていくオヤシロ様を引き留めようと手を伸ばすも……。
「うっ……っ!」
「オヤシロ様!」
「オヤシロ様!」
ふらっと、オヤシロ様がよろめき両隣の足元に居た双子が悲鳴に近い声をあげたと思ったら、一瞬のうちに目の前で倒れてしまった。
「すごい、青い顔……!」
慌てて近付きオヤシロ様の顔を覗き込むと真っ青で。冷や汗もかいているのが目に見えた。
とにかく休ませないと……!
知らない場所と言うのもあるし家主でも無いのに別の部屋というのも出来ず、どうしようもなく、引きずる形で先程まで自分が寝ていた布団まで運ぶ。
長身の割に細身のオヤシロ様を運ぶのはとても大変だったけれど想定してたより軽かったのでなんとか一人で運べた。
多少乱暴にはなったが、布団に寝させられたので安心はしたが、意識が戻らないオヤシロ様にその安心は直ぐに掻き消えた。
「どうしよう……どうすればいいの?」
人間だと熱を測って、薬を飲ませれば良いけど相手はオヤシロ様……護り神だ。何をすればいいか分からずアワアワと狼狽えていれば、双子が私の服を引っ張った。
「オヤシロ様、神力ないないなの」
「神力無いと、消えるんだゾ」
聞けば私を助けるために神力のほとんどを費やしたらしく、動くのもやっとだったらしい。
そんな状態で、私に水をあげたり説明したりと無理したものだから反動が来たそうだ。
……そんな素振り、見せなかったのに。
「にんげん、オヤシロ様助けてなの!」
「にんげんしか助けられないんだゾ!」
私の服を掴んだままの双子が、今にも泣き出しそうになりながら懇願する。
「……わかった、私が助ける。だから何をしたらいいか教えて?」
痛いくらい握っているんだろう、その小さな手は白くなっていて痛々しかった。私は2人の手をそっと触れながら微笑むと、双子はぱあっと笑顔になる。
「りょうりなの!」
「おそなえ、して!」
「「ごはん、つくって!」」
双子の言葉に、どくんっと胸が鳴った。
――……りょうり……料理?
双子は、料理と言った。お供え、ともいった。ご飯、料理、それは私にとってタブーそのものであり存在否定されるものの一つ。
そうだ、私は料理が下手なのだ。
料理だけではない、家事も出来なければ夫が満足に生活出来る位の事も出来ない、何も出来ない存在では無いか。
それを……それなのに、私が助けるなどとよくも言えたものだった。
ガタガタと、身体が震える。
「あ……あの、私、料理なんて……出来ない……っ!」
私が拒否すると、喜んでいた双子がサッと青ざめる。
「どして? にんげん、ごはんつくれないの?」
「にんげんじゃなきゃ、ご飯作れないゾ」
「にんげんじゃなきゃ、神力のこもったの、ない!」
「「にんげん、オヤシロ様助けて!」」
遂に泣きながら双子は叫ぶ。
私ではなきゃ、オヤシロ様は助けられないの?
双子は必死に訴える。
神力のこもったご飯……つまりお供えをすればオヤシロ様はとりあえず消えずにすむ。
お供えは人間にしか出来ないし、人間が作ったものこそ神力が篭もる。
双子にもオヤシロ様にも出来ない、人間……私にしか出来ないこと。
今オヤシロ様を救えるのは私にしか出来ない、と。
――……そう、訴えられる。
頭では分かっている、私がしないと、と。
でも、私の身体は冷たくなり未だにガタガタと震えている。自分の意思では動かせなかった。
私だって、私が出来ることならオヤシロ様を助けたい。だけど、私は……!
すると、ばさっ、と布団がめくれる音が響いた。
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