第93話 いろんなものを失って来たのだろう
「…………お、美味しい……っ。……美味しいですわっ!!」
そして、あのマリアンヌが卵雑炊を食べてくれるか少しばかり不安ではあったものの、どうやら問題なく食べてくれ、口に合っていたようでホッと胸を撫で下ろす。
以前までの彼女であれば『ルーカスが出した料理なんて何が入っているか食べられませんわ』だとか『何ですの? この料理は。こんな貧乏人の料理をわたくしに食べろとでも言うのかしら?』などと言って食べなかったであろう。
これで外面が良いので聖女だ何だと持て囃されるのだから、当時のマリアンヌからすれば人生はちょろいと思っていただろう。
俺が前世でマリアンヌくらいの年代の時に、マリアンヌのように上手く行っていたのならば間違いなく調子に乗っていただろし、なんなら当時普通の学生であったにも関わらず根拠のない自信に満ち溢れ『俺は特別なんだ』などと勘違いしてイキっていた。
それはある種若者の特権であり、前世と合わせて若者ではなくなった今の俺はその自信とプライドを失いつつもそれでも残った大切な物と、逆に新しくできた大切な物を両手で抱えながら歳を重ねていく。
恐らく俺が出した料理を文句も言わずに素直に食べて美味しいと言えるマリアンヌは、きっといろんなものを失って来たのだろう、
それはプライドかもしれないし貴族としての誇りかもしれないし、他にもいろいろとあるのかもしれない。
「どうした? 旦那様」
「いや、ちょっとな……。マリアンヌも色々とあったんだろうなと改めて思っただけだ」
「そうだな……。まだ何があったのか私も聞いていないのだが、良くぞ死を選ばないでいてくれたとマリアンヌを見て思うな……」
そして、俺たちはマリアンヌに聞こえないように会話をする。
やはりというか、ドゥーナもマリアンヌの変化に思うところあったのだろう。
そんな俺たちのやり取りに気付く気配が無い程マリアンヌは夢中に卵雑炊をたべ、余程お腹が減っていたのだろう。一瞬でぺろりと平らげてしまった。
「おかわりはいるか?」
「…………そ、そうね。あなたにこんな食にがめつい姿を見せる事は恥ずかしいのだけれども、次いつこんな美味しい料理を食べられるか分からないもの……。連絡も無しで押しかけた身としては図々しいお願いとは思うのですけれども、ここはルーカスの言葉に甘えておかわりをしてもいいかしら?」
「了解。俺やドゥーナに気を遣う必要などない。好きなだけ食えば良い」
本当は腹八分目が良いとは思うのだが、断る理由も無いので俺は使用人へマリアンヌのおかわりを持ってくるように指示を出す。
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