第5話 教育は大事なことだが

 翌日の定休日、渚沙なぎさたけちゃんはたっぷりと休養を取った。座敷童子ざしきわらしも一緒になってのんびりとして。リビングダイニングのソファにだらりと身体を預け、テレビを見たりするのは至福である。


 その翌日、また忙しい1日が始まる。鉄板いっぱいのたこ焼きを焼いて、いざ開店。座敷童子効果でひっきりなしにお客さまが訪れ、目も回る忙しさである。


 お昼を回り、そろそろ竹ちゃんが運んでくれたおにぎりを頬張ろうかと思っていた時、一際背の低いお客さまの順番がやって来る。


(あ、この子やな)


 座敷童子が目を付けた、小学生の男の子である。


「10個ください」


 男の子はぐいと小さな手を伸ばし、500円玉を差し出す。


「はい、ありがとう。500円ね〜」


 渚沙は両手でお金を受け取り、手早くたこ焼きを準備する。と同時に、男の子のたたずまいを観察してみる。


 見たところ、身なりはちゃんとしている。黒いTシャツに紺色のハーフパンツという軽装である。洗いざらしではあるが清潔そうで、何ら問題の無い普通の男の子といった雰囲気だ。話し方も溌剌はつらつとしている。だがやはり平日の昼間に学校に行かず、というのは気に掛かる。


 世には学校に行かず、例えば家庭教師などで勉強をする、いわゆるドラマの中の様な「ええとこの子」もいるかも知れない。だがこの子がそうかと言われれば、そうは見えないし、やはり現実的では無い。


 なんて、この場で渚沙が勘繰かんぐったところで正解は出ない。座敷童子が調べると言っていたのだから、何か分かれば教えてくれるだろう。


「はい、10個おまちどうさま!」


 渚沙は元気な声を出し、男の子にビニール袋に入れたたこ焼きを渡した。


「ありがとうございます」


 男の子はきちんとお礼を言い、両手で丁寧に受け取ってその場を離れる。渚沙は「ありがとうございましたー」と見送った。


 そして次のお客さまの対応をしながら、目の端で男の子を見やる。すると横に座敷童子がしっかりと張り付いていた。男の子には見えていないだろう。驚く様な素振りなど見せず、小さな背中は遠くなって行った。




 そしてその日、座敷童子は帰って来なかった。




「帰ったぞ〜」


 そんな楽しげな声とともに、座敷童子が帰って来たのは、翌日の朝方だった。渚沙も竹ちゃんも起きたばかりで、まだ顔も洗っていなかった。


「とりあえず支度するからちょっと待って。朝ごはん、わらしちゃん食べれる?」


「うむ、もらおう」


 座敷童子はダイニングの椅子に上がり、渚沙たちは慌ただしく朝の準備に取り掛かった。




 座敷童子がいる間の朝ごはんは、お赤飯と具沢山のお味噌汁である。今はお赤飯の素なる便利なものが売られているので、それを使う。


 もち米では無く白米で炊くのでもちもち感は少なめだが、小豆の風味を感じるのには充分である。肝心の座敷童子も、いつも満足げに食べてくれている。


 昨日の夜に仕掛けた炊飯器の中で、ふっくらほんわりとお赤飯が炊き上がっている。それをお茶碗に盛ってごま塩を振り、お揚げとお豆腐、おくらのお味噌汁をお椀によそった。


 ダイニングテーブルに並べ、皆で「いただきます」と手を合わせる。ダイニングセットはふたり用なので、渚沙は予備の折りたたみ椅子を使っていた。


 食べながら、座敷童子が報告を始める。世間話の様な軽い調子である。


「うむ、母親はなかなかわし好みの苦労人じゃった」


 シングルマザーで、朝から深夜まで職場を掛け持ちして働き、家計を支えているそうだ。お昼はスーパーのレジ打ち、夜は家の近くのスナックでホステスをしている。


 それだけだと、今の時代、そう珍しく無いのかも知れない。だがひとり息子である男の子、名を和馬かずまくんと言うそうなのだが、その和馬くんを私立の小学校に通わせているとのことなのだ。


 ひとり親なので、生活費に関しては大阪市の支援があるし、経済状態によっては大阪府の学費支援などがあるが、基本、私立学校の学費は高額である。


 母親は自分がお金で苦労をして来たから、今は多少無理をしても、和馬くんに良い進学、良い就職をして欲しいと願い、学力レベルの高い私学に通わせているそうなのだ。


 良い進学と言うなら、高校生になれば、大阪には市内の淀川よどがわ区に北野きたの高校という全国的にも偏差値の高い公立高校があるし、あびこから近いところだと、阿倍野あべの区の天王寺てんのうじ高校や、さかい市にある三国丘みくにがおか高校が高偏差値である。


 私学であっても、今は高校授業料完全無償化の法案も進んでいる。和馬くんが高校生になるころには施行されているはずである。


 大学も、国公立は基本高偏差値である。大阪には大阪大学と大阪公立大学があるし、京都に足を伸ばせば京都大学もある。進学できれば就職にはかなり有利になると思われる。


 なので小学校の6年間と中学校の3年間、そこを踏ん張れば先々安心できると、母親は思っているそうなのだ。


「子どもに苦労さしたくない親の気持ちも分からんでも無いけど、無理がたたるるんが心配やなぁ」


 渚沙がうれいると、座敷童子も「そうなのじゃが」と言いつつ、にやりと口角を上げる。


「そのお陰で、母親がわし好みになっとる」


「どSか」


 渚沙の突っ込みも、座敷童子は「ふふん」と鼻でいなす。人でなしと思われる言動ではあるのだが、座敷童子はあやかしなのである。人間の価値観には当てはまらないものがあるのだ。


「ま、いわゆる教育ママってやつなんじゃろうな。和馬はそれに疲れてしもうてるんじゃ。それで学校を休んでおるみたいなんじゃな」


 それはただ事では無いではないか。渚沙は「ありゃあ」と目をしかめてしまった。

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