第4話 小さなお客さまの事情
座敷童子が「さかなし」に来て数日。座敷童子の影響により繁忙期が続いていたが、今日1日乗り切れば、明日は水曜、定休日である。
お店を開ける10時には、鉄板を焼き上がったたこ焼きでいっぱいにしておかなくては。渚沙は温まった鉄板に手際良くたこを落とした。
お昼にはまた、
不思議なもので、そうなるとお客さまはぱたりと途絶える。そしてちょうど売り切れるのである。最後のお客さまとのやりとりもいつものことになっていた。
「あと10個しか無くて〜」
「あ、ええよええよ、それで。全部ちょうだい」
そう事も無げに言ってくれる。本当にありがたい。この良い塩梅も、やはり座敷童子効果なのだろうか。見事な采配である。
最後のお客さまをお見送りし、「さかなし」のシャッターを閉めて鉄板の火を一旦落とすと、ふらふらと歩いて店内の机に突っ伏す。座敷童子期間はもうこれがルーティンの様になっている。疲れてはいるが、達成感も大きい。今日もやり切った、そんな思いもあるのである。
仕事終わりの渚沙に竹ちゃんが冷たい麦茶を持って来てくれるのはいつものことなのだが、座敷童子期間は特にありがたい。渚沙は「ありがと〜」と間延びした返事をして、一気に飲み干した。竹ちゃんはおかわりを入れるために、グラスを手に水場に向かった。
「お疲れさまじゃな」
座敷童子が正面でにこにこしている。その可愛らしい笑顔に渚沙は癒される。座敷童子は勤勉な人には優しいのである。
「ありがと〜。わらしちゃんのお陰で大盛況やで」
「良いことじゃ。せいぜい励め」
「うん。もうちょっと踏ん張る。わらしちゃんはどう? 次のお家見つかりそう?」
「それなんじゃがのう」
座敷童子は考え込む様に眉根を寄せると、重々しく口を開いた。
「渚沙、ここしばらく、お昼ごろに買いに来る子どもがいるの、覚えておらんか?」
「子ども?」
「男の子じゃ」
「……ああ、おるな」
竹ちゃんがおにぎりを届けてくれるのと前後して、確かに小学生低学年ぐらいの痩せ型の男の子がたこ焼きを買いに来ていた。
この繁盛期だし、忙しさにかまけてお客さまの年齢までは気にしていなかったが、言われてみたら確かに。座敷童子が来てからのことである。お昼間に子どもひとりで買いに来ることは「さかなし」では少ないので、どうにか記憶に残っていた。
「今、夏休みやっけ?」
「夏休みはとうに終わっているカピよ。麦茶のおかわりカピ」
「あ、ありがとう」
竹ちゃんが麦茶を置いてくれ、会話に加わる。そのまま渚沙の横に腰を下ろした。
「そっか、もう9月やもんな。新学期始まってるやんな。学校どうしたんやろ」
渚沙は首をかしげる。もしかしたら行っていないのだろうか。いつも500円玉を握り締めて、それで買えるだけを買っていた様に思う。個数的にひとり分なので、その男の子の分か。それとも他の誰かの分か。何か事情があるのだろうか。
夏休みの間なら自分のお昼ごはんを買いに来ているのだろうと想像できる。今やご両親が揃って仕事を持っているのは珍しく無いからだ。だが2学期が始まっている今、確かに不自然なのである。
「わしは、その子が気になるんじゃ。なので少し調べてみようと思う」
「そうなん? いつもみたいにお母さんや無くて?」
「どうも、あの子どももそうじゃが、家に問題がありそうな気がするのじゃ。ま、有り体に言えば、わし好みの母親がいそうな気がするのじゃ」
「結局そこかい」
自分の欲望に忠実とも言える座敷童子のせりふに、渚沙は苦笑した。しかしやはり天真爛漫な座敷童子はそうで無くては。
あの男の子が何か問題を抱えているとして、そして座敷童子好みの母親がいたとして、座敷童子が介入して解決できるかどうか。
そればかりは渚沙にも竹ちゃんにも判らない。ただひとつ分かることは、その家庭が発展したとして、怠れば待っているのは破滅ということである。
それが座敷童子というものではあるのだが、渚沙としては何とも複雑な気持ちである。それでも男の子の家庭が少しでも救われたら。今はそう願うしか無かった。
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