第3話 戦いのあと

「……疲れた」


 「さかなし」の怒涛の営業を終え、身体が疲弊し切った渚沙なぎさはふらふら歩いて辿り着いた店内の椅子に倒れる様に腰を降ろし、流れる様にテーブルに突っ伏した。たけちゃんが「お疲れさまカピ」と氷が入った麦茶を持って来てくれる。


「ありがとぉ〜」


 渚沙は叫ぶ様に言うと、きんと冷えた麦茶を一息に喉に流し込んだ。まだ暑い季節、鉄板の前で温められた身体がすぅっと冷えて行く。芯に満ちる水分が癒しを与えてくれた。


 座敷童子期間は、ろくに水分を摂る間も無いのである。冬場などならともかく、この季節は熱中症や水分不足に陥る心配もあるので、気を付けているつもりではある。一応隙を見て飲める様に、傍らにお水のペットボトルを用意してあるのだが、なかなか手を伸ばすことができなかったりするのだ。


 足元に冷風機を置いているので、下半身は程よく冷えるのだが、上半身は鉄板に晒されて、さながら熱帯である。とはいえ客席にはエアコンを付けているので、少しだけ恩恵があったりする。


 そんなこんなで、差し引きしたら結局暑いのである。通常ならここまでならないのだが、今は特別なのだ。


 とはいえ、今は踏ん張り時なのである。渚沙は座敷童子期間をボーナスタイムと呼んでいる。


 たこ焼き屋、実は利益率が良い。もちろん客入りによって収益は前後するのだが、だから都心から離れている「さかなし」でも、地域密着でやっていけるのである。


 なので渚沙と竹ちゃんが食べて行くにはどうにかなる。しかし不安が無いわけでは無い。これは商売をしている人共通の悩み、思いだろう。


 なので言い方はよろしく無いだろうが、座敷童子がいてくれる間に、稼げるだけ稼いでおくのである。


 今日も「さかなし」のたこ焼きは飛ぶ様に売れて、たっぷり用意しておいた生地が無くなってしまい、いつもより1時間早い19時に閉店せざるを得なかったほどである。


「茨木さんたちが来るまで少し休めるな〜」


「ゆっくりするカピ。麦茶おかわりいるカピか?」


「うん。ありがとう」


 竹ちゃんが氷だけになったグラスを水場に持って行くと、渚沙の正面に座った座敷童子がおかしそうに笑う。


「大変そうじゃな」


「わらしちゃんのお陰でな。今のうちに稼いどかんと」


「普段はそんなに慎ましいのか?」


「そこまでや無いけどね。それにしてもわらしちゃんパワーはほんまに凄いわ。今日はどう? 新しいお家、見付かった?」


「駄目じゃな。わし好みの母子家庭がなかなか無い」


「わらしちゃん、好みにうるさいからなぁ」


 きっぱりと言う座敷童子に、渚沙は笑みを漏らした。以前聞いたものから変わっていないのなら、座敷童子はとにかく不幸オーラというものが漂っている様なお母さんがお好みなのである。悪趣味にも聞こえるが、やりがいがあるのだと言う。


「渚沙、麦茶カピ」


 竹ちゃんが麦茶を運んでくれて、渚沙は「ありがとう」と受け取る。今度はゆっくりと口に運んだ。


竹子たけこ、わしには無いのか?」


「わらしは自分で用意するカピよ」


「ケチじゃのう。ま、もうすぐ茨木と葛の葉が来るじゃろうから、そしたら酒にありつける」


 座敷童子は見た目こそ幼児だが、あやかしなので人間世界の法律や価値観には囚われない。好きなものは小豆だが、それを肴に日本酒を嗜むのである。


 渚沙は餡入りの、たこ焼きならぬ餡焼きを作る。鉄板にたこ焼きの生地を流し、具は餡だけ。お手軽に缶詰の餡を使うのだ。それを素焼きで頬張るのが、座敷童子のお気に入りなのである。


「さぁてと、そろそろたこ焼きの準備するか。お出汁、もうだしの素でええやんね」


 渚沙が上半身を伸ばすと、竹ちゃんが「良いカピよ」と応えてくれる。


「文句は言わせないカピ」


 と言いつつ、茨木童子も葛の葉も、苦言を呈したことは無いのだが。茨木童子はそこまで繊細な味の違いが判らないし、葛の葉には気付かれるのだが、理由を言うと「商売繁盛ええことやねぇ〜」なんて言って笑ってくれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る