第2話 てんてこ舞いがやって来た
「たこ焼き8個ちょうだい。持ち帰りで」
「はい。味はソースとマヨネーズでええですか?」
「ええで」
「はーい。お待ちくださいねぇ」
「ありがとうございます」
代金を受け取り、男性が去って行くと、渚沙の前には次の男性のお客さまが立つ。さっきのお客さまとは打って変わって、ふくよかな水色の作業服姿の方である。
「10個。ポン酢だけで。中で食ってくわ。ビールある?」
仕事中ちゃうんかい。思わずそう思ってしまうが、もちろん口には出さず。
「缶ビールでよろしければ。ドライと一番搾り、どっちがええですか?」
「あー、一番搾り」
「かしこまりました。中に入ってお待ちくださいね」
今度は手早く舟皿を取り出した。
座敷童子が「さかなし」に来た翌日のことである。予想通り、お店は大層繁盛してしまっているのだった。
特にお昼ごはん時の今、お客さまはなかなか途切れず、渚沙は目が回りそうになりながらもたこ焼きを焼き続けている。
焼き上がっては売れて行き、焼いている最中に列ができる。嬉しい悲鳴とはこのことなのだろう。
しかしひとりで切り盛りするのは大変である。とは言え、アルバイトなどを雇うことは考えていない。なにせこの繁盛は期間限定なのである。座敷童子がいる数日の間だけ乗り切れば良いのだ。
それなりに広さのある鉄板を全部使っても追い付かないこの状況に、渚沙はひたすら手を動かすしか無かった。
それでも13時を過ぎるころには、少し混雑も落ち着く。お客さまは来られるが、少しは余裕ができ始めた。お昼のお客さまは会社員やお勤めをされていそうな方が多かったので、お昼休憩が終わった今、もう午後のお仕事が始まっているのだろう。
渚沙はたこ焼きをひっくり返しながら、
ふんわりと握られたお米の中に、具がたっぷりと入っている。海苔でくるまれ、ラップに包まれていた。座敷童子がいる時はゆっくり座って食べていられないので、こうしておにぎりにしてもらうのだが、その度にクオリティが上がっている気がする。さすが竹ちゃんである。
焼き上がりを待っている女性のお客さまが、おにぎりを頬張る渚沙を不思議そうな顔で見るので、渚沙は努めて明るく言う。
「すいません、ひとりでやってるもんですから、お昼ごはん失礼しますね〜」
するとお客さまは「ああ」と納得してくださる。幸いにも苦言を呈するお客さまはいない。これも座敷童子効果なのだろうか。
そして15時になるころ、ご常連の弘子おばちゃんがやって来た。
「弘子おばちゃん、いらっしゃい」
「はいよ。また繁盛期が来たんか」
「うん、お陰さまで」
弘子おばちゃんは時折来るこの繁忙期を、当然ながら知っている。しょっちゅう来てくれるからだ。もちろん本当の理由までは言っていない。というか言えない。
「何なんやろな、たまーにあるやんこれ。今度こそ雑誌にでも載ったか?」
「ちゃうちゃう。また、多分誰かがSNSとかで拡散してくれたんちゃうかな〜」
もちろん方便である。こんな会話が繰り広げられるのも、毎度のことだ。
座敷童子のご加護というもののシステムがまるで分からない。だがそれが座敷童子というあやかしの力なのだろう。「さかなし」の前を通った人々が、あれよあれよと吸い込まれる様に並んで行くのを、最初見た時には何事かと思って、目を見張って大いに焦った。
その日の夜に座敷童子に事情を聞いて、渚沙は「早よ言うてくれ」とうなだれた。たこの準備などはある程度どうにでもなるが、生地に使うお出汁は日中掛けた水出しで、さらに生地を1晩置くので、当日に追加を作ることができないのだ。
緊急事態として煮出して作れば良いとも思うし、そもそもジャンクフードであるたこ焼きなのだから、ソースなどの味のお陰で僅かな味の差異は気付かれにくい。それでも一応矜持はあるのである。お祖母ちゃん直伝のたこ焼きを変わらず焼くことが、渚沙にとっての誇りなのだ。
この書き入れ時がいつまで続くのかは、座敷童子次第である。座敷童子が次のお家を見付けて「さかなし」を出て行くのが明日か、それとも1週間後か。
それは、渚沙や竹ちゃんにはもちろん、座敷童子自身にも判らないのだった。
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