第9話 驚きの連続
「今日はたこ焼きとか食わしてくれるて聞いたで。人の作ったもん久しぶりやわ」
「ほんまにねぇ〜。楽しみやわぁ〜」
「渚沙、しっかりするカピ」
「う、うん。まさか私でも知ってる様な有名なあやかしが来るとは思わんかった」
「そうカピか? 今ではただのあやかしカピ」
「そりゃあ
すっかりと渚沙は焦ってしまう。たこ焼きと寄せ鍋、こんな凄いあやかしに食べさせて大丈夫なのか? お気に召すのだろうか。それよりも量は足りるだろうか。一体どれぐらい食べるのか。
「あ、おい渚沙、酒はあるか?」
「へ? お酒ですか?」
茨木童子に問われ、渚沙は間抜けな声を出してしまう。お酒、お酒はいくらかあったはずだが。
「ありますけど、えっと、何がええですか? 日本酒の方がええですか?」
確かあやかしが活発だった時代は、江戸や平安だった様な記憶が薄っすらとある。もしウィスキーなどがあったとしても、日本のあやかしが好んだかどうか
そもそも日本の文明開化と言われ、海の向こうから西洋文化が入って来たのは確か明治時代だったはずだ。なので日本人がワインなどの洋酒を嗜む様になったのもそのころでは無いだろうか。それも一部地域の一部の日本人に限られていただろう。
ぐるぐると目を回しながらも、渚の足はキッチンに向かう。そうして冷蔵庫から4合瓶の日本酒をありったけ、5本出した。どれも開栓済みである。自分の晩酌用に用意した、スーパーでも買える身近な銘柄ばかりだ。
醸造所はばらばらだが、どれも美味しいことは渚沙が保証する。が、さて、あやかしたちにはどうだろうか。
渚沙は冷えた瓶を両手で抱え、ダイニングに戻る。テーブルに置くと、茨木童子が「おお」と目を丸くした。
「今、家にあるんはこれだけなんですけど」
すると茨木童子は瓶を睨み付ける様に見て、「ふむ」と眉を
「足りるやろか、これ」
透けている瓶越しに中身が見えるので、ざっと合計量を想像したのだろう。確かに渚沙の飲み掛けばかりなので、それなりに少なくなってしまっているのもあるのだが。
「足りても足りなくても、今日はこれで我慢するカピ。ご馳走になるのにわがままを言うのなら、帰ってもらうカピよ」
竹ちゃんの
「わぁってるって。俺も久々の酒や。そんなに飲めるかどうか分からん」
「ねぇ〜。人間を襲わんくなって、ほぼ隠居生活になって、お酒はご無沙汰やったもんねぇ〜。あたくしも久しぶりやわぁ〜。渚沙ちゃん、さっそくいただいてええやろか」
「あ、はい。グラス持って来ますね」
急いでキッチンから、いつも日本酒を飲む時に使っている丸みのある小振りなグラスを人数分持って戻って来て、渚沙はその光景にぎょっとした。茨木童子が日本酒の1本をラッパ飲みしていたのだ。
「ぷはぁっ! やーっぱり酒はうめぇなぁ!」
いたくご満悦である。渚沙はこれまでそんな豪快な飲み方をする人を見たことが無かったので驚く。さすがに一気飲みとは行かなかった様だが。
「ごめんねぇ〜渚沙ちゃん、茨木、我慢できひんかったみたいで〜」
あまり悪いとは思っていない様なにこやかな表情の葛の葉に詫びられて、渚沙は「は、はぁ」としか言いようが無い。
「竹子も止められなかったカピ。渚沙、済まないカピ」
竹ちゃんは申し訳無さげである。渚沙は怒っているわけでは無いのだが。
とは言え茨木童子が手にしていた瓶は、残量がいちばん少ないものだった。茨木童子なりに遠慮したのかも知れない。
「かまへんよ。葛の葉さんはグラス使います?」
「もちろんよぉ〜。直接飲むなんてはしたない。渚沙ちゃんおすすめのお酒はどれかしらぁ〜?」
「これ、「
越乃寒梅の蔵元は石本酒造さんである。渚沙が購入していたのはレギュラー酒であるが、他にも純米酒や吟醸酒など、風味豊かな日本酒をいくつも醸造している。
ちなみに茨木童子が直接飲んでしまった銘柄は、真澄の特選である。長野県にある宮坂醸造さんが醸すお酒だ。甘みと辛味、酸味のバランスが良いすっきりとした飲み口で、昔から愛されて来た一品である。
「ほな、それもらうわ〜」
渚沙はグラスに越乃寒梅を注いで、葛の葉の前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう〜」
葛の葉は上品にグラスを傾ける。所作がいちいち美しい。そして「ほぅ」とうっとりと目を細めた。
「ほんまに美味しいわぁ。飲みやすいお酒やねぇ」
「そうなんですよねぇ。みんな飲むんやったら私はビールにしよ。竹ちゃんお酒は?」
「竹子はお酒は飲まないカピ。先週出してくれた黒いしゅわしゅわのやつが良いカピ」
「コーラやな。ちょっと待ってな」
先週は渚沙も竹ちゃんに合わせてコーラだったのである。渚沙は竹ちゃんのコーラを準備するべく、キッチンに向かった。
それから騒がしく
出した日本酒5本はあっという間に空になり、渚沙は焼酎を用意した。麦と芋である。茨木童子などは日本酒を欲しがったが、竹ちゃんに
葛の葉は優雅に杯を重ねていた。大昔の武勇伝を語る茨木童子に「そうな〜ん」と愛想良く
「茨木のこの話も、もう何度目か判らないカピ」
竹ちゃんももりもりと食べ、呆れながら言う。もう茨木童子の鉄板ネタなのだろう。
そうしてこの催しは、茨木童子が酔い潰れて寝こけるまで続いたのだった。
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