第8話 鬼と狐との出会い

たけちゃん、いらっしゃい!」


 渚沙なぎさが満面の笑顔でリビングダイニングのドアを開けると、そこには竹ちゃんがちょこんと4本足で立っていた。ああ、今日も何という可愛さだろうか。癒される。その愛らしい姿に渚沙がほっこりしていると、竹ちゃんが挨拶もそこそこに口を開いた。


「うむカピ。ところで渚沙、悪いのだカピが、客を連れて来て良いカピか? 2体なのだカピが」


「お客さん? カピバラの?」


「いや、鬼ときつねのあやかしだカピ」


 それを聞いて、渚沙はびくりと警戒してしまう。そう大きく無い動物である狐はともかく、鬼は怖い、悪いものでは無いのか? 少なくともおとぎ話などに出て来る鬼は悪いものがほとんどだ。


 そんな心配が露骨に顔に出てしまったのか、竹ちゃんは「ふむカピ」と納得顔で頷く。


「渚沙が怖がるのも無理無いカピ。だが大丈夫なのだカピ。古墳にいるあやかしは皆心を入れ替えているカピ。まぁ昔は相当悪いこともしていたらしいカピが。人間を襲ったりカピ」


「あかんやん!」


 渚沙は反射的に突っ込んでしまう。更生したと言う竹ちゃんの言葉は信用したいが、まさに人間である渚沙を前にして、悪さをしないでいられるのか。昔取った杵柄では無いが、人間を見たとたんに血が滾ったりしないのだろうか。


「大丈夫だカピ。万が一があれば、狐が全力で護るカピ。だから安心するカピ」


「安心できるんかそれ」


 渚沙はまだ疑ってしまう。竹ちゃんのことは信じているが、鬼は本当に信用して良いものなのか。それに狐に鬼を押さえつけられるほどの力があるものなのだろうか。


「ともあれ一度会ってみるカピ。さばさばして悪いやつらでは無いカピ」


「……竹ちゃんがそう言うなら」


 怖いのは怖いが、狐が護ってくれると言うのなら。狐とはいえあやかしなのだから、渚沙には思いも寄らない力があるのかも知れない。それに竹ちゃんもいる。竹ちゃんが言うのだから、大丈夫だと思いたい。


「なら呼んでくるカピ」


 竹ちゃんは踵を返すと階段を降りて行く。渚沙はどきどきしながらその場で待つ。やがて階段を複数人が上がって来る音が聞こえた。


(どんなあやかしが来るんやろ。狐は可愛いやろうけど、鬼はどうなん? いかつい大男とか……)


 渚沙の心臓が、緊張からどくどくと早打ちする。もしいきなり襲われたらどうしよう。噛まれたり食べられたりしたら。確かおとぎ話の鬼は女性を囲っていた様に思う。いや、やはり竹ちゃんの言葉を信じるしか無い。


 そしてやがて、竹ちゃんが再び姿を現し、その後ろに堂々と立っていたのは。


 赤い肌をしたとんでも無い美丈夫と、美しい長髪を持つ半端無い美女だった。


 渚沙はさっきまでの恐れも忘れ、つい(はー)と見惚れてしまう。美丈夫の方は頭に角が2本あるので、こちらが鬼だろう。ということは美女が狐か。狐もあやかしとなれば、人型になることができるのか?


 渚沙が呆然としていると、美丈夫が「邪魔するでぇ」と、どかどかとリビングダイニングに入って来た。


 すると美女も「うふふ〜」と妖艶に笑い、優雅に頭を下げる。


「今日はお招きありがとうねぇ〜。お邪魔するわねぇ〜」


 そう言いながら鬼らしきものの後に続いた。


 渚沙はそんな2体を目で追いながら、まだぼぅっとしてしまっている。竹ちゃんの「渚沙」という呆れた様な呼びかけに、ようやく我に返った。


「呆けすぎカピ」


「ご、ごめん、あまりにも想像しとった見た目とちゃうかったもんやから」


「この2体は人間視点だと、あやかしの中でも1位2位を争う美形だカピ。人間をかどわかすあやかしほど、そういう傾向があるカピな」


 すると鬼が「おいおい」と屈託無く笑う。


「人聞きの悪いこと言うてんなや。それはもう昔の話やがな。それにほら、これ」


 鬼が指差したところを見ると、鬼の頑丈そうながっちり腰から何やら白い縄の様なものが出ている。辿ると、それは狐のしなやかな腰と繋がっていた。


「こうしてがっつり抑えられとんやから、悪さなんてできるかい。威厳まで失うたつもりは無いけどな」


 鬼はそんなことを明るく言う。確かにそんな様子を見ていると、悪さをする様には見えない。鬼の肌の色こそ人間離れしているが、こうして話をしているのを見ると、渚沙たちと何ら変わらない様にも思えてしまう。


「わたくしは、そんな事実は無いのよぉ〜。わたくしはただ、人間さまにご恩返しをしたかっただけなんやけどねぇ〜」


 狐もおかしそうにころころと笑う。あまりにも邪気の無い2体に、渚沙の警戒心も解けそうになっていた。迫力はあるのだが、恐怖や嫌な威圧感は感じられないのである。


「あ、この白いのはわたくしの尾っぽ。こうしておけば、自由に動けへんからね〜。安心してねぇ、渚沙ちゃん」


「あれ、私の名前」


竹子たけこちゃんから聞いたのよぉ〜。かわええお名前よねぇ〜」


「あ、ありがとうございます」


 ここまで来ると、もう渚沙のいぶかしる気持ちはおおかた失せていた。普通に会話ができて、2体に悪意は感じられない。まるで普通に人間と会話をしている様である。


「渚沙、座ってええか?」


 鬼に言われ、渚沙は慌てて「あ、はい」と、ダイニングテーブルの上座となるところを示した。


「奥にどうぞ。ええっと、おふたりのお名前とかは」


「あらぁ、自己紹介がまだやったわねぇ〜。わたくしは葛の葉くずのは。そうやねぇ、陰陽師安倍晴明あべのせいめいの母親て言うたら分かりやすいかしらねぇ〜」


「俺は茨木童子いばらきどうじ。そやなぁ、京都の酒呑童子しゅてんどうじの配下やっちゅうたら分かるか?」


 まさかの、大阪由来のあやかしと言えば、の筆頭では無いか。あやかしに詳しく無い渚沙でさえ知っているビッグネームに、またあんぐりと口を開けてしまったのだった。

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