第7話 竹ちゃんを迎えるために

(またたけちゃんに会えるんや。楽しみやわぁ)


 次の定休日までの1週間、渚沙なぎさは楽しみでならなかった。日々たこ焼きを焼きながら、心がわくわくと踊る。自然と笑顔が増え、気持ちも明るくなっていた。


 いろいろなお客さま相手に商売をしているのだから、たまにはやっかいなお客さまも存在する。その間にも横柄なお客さまが来られたが、渚沙はもうすぐ竹ちゃんに再開できることを励みに、淡々と対応できた。


 竹ちゃんと囲んだ食卓は想像以上に楽しいものだった。暮らしている大仙陵古墳での話はもちろん、生前いたハーベストの丘の話も聞けた。渚沙も「さかなし」で起こった愉快な話などを披露した。


 また充実した時間が過ごせれば嬉しい。次はたこ焼き以外に何を用意しようか。竹ちゃんにはいろいろなものを食べてみて欲しい。魚介類にも合う寄せ鍋でもしようか。お肉も入れるので、お野菜からも良いお出汁が出て、締めのお雑炊が絶品になるのだ。


 お鍋はひとりでも作って食べられるが、やはり誰かと囲んだ方が楽しいものである。


 竹ちゃんはどれぐらい食べられるのだろうか。初めて来た時は出したものを全部食べてくれたが、上限はあるのだろうか。あの時は量の加減がわからなかったので、鉄板焼きだけで2人分程度を用意したのだが。たこ焼きはあれからさらに12個焼いて合計24個になった。


 もちろん渚沙もお腹いっぱい食べたのだが、竹ちゃんの方が多くがっつり食べていた様な気がする。


 とりあえず寄せ鍋を用意するとして、食べ切れなかったら冷凍して置いておける魚介類やお肉類などを多めに買っておくとしよう。




 そしてお待ちかねの水曜日である。お昼ごはんに、前日の余りのたこ焼きにチリソースととろけるチーズを乗せてトースターで焼き、簡単ピリ辛グラタンにして食べ終えた渚沙は、買い物に行こうといそいそと外に出る。家事は午前中に済ませておいた。


 その家事をしながら、もっとなんとかならんかなぁと渚沙は思ったのだった。「さかなし」の定休日は週に1日である。お店がある日も開店時間は10時で、その前には仕込みだってある。そして閉店は20時。片付けなどをして上に上がるともうへとへとなのである。


 もっと時間を掛けて掃除などをして、お祖母ちゃんが大切にしていたこのお家を綺麗に保ちたいものなのだが。もちろん店舗部分は衛生が重要だからこれでもかと掃除しているわけなのだが、その分住居の方に手が回っていないのである。


 だから定休日にできるだけする様にしているのだが、どうにも追い付いていない気がしてもやもやしてしまう。もっと気軽にやれば良いのだろうが、これも性分なのだろうか。


 とにもかくにも、今日である。竹ちゃんが来るのだから、美味しいものを用意しなければ。たこ焼きと寄せ鍋。組み合わせとしてはどうかと思うが、きっと竹ちゃんはお鍋を食べたことが無いだろうから、堪能して欲しいと思う。


 いつものスーパーに到着し、カートにかごを乗せた渚沙は、まずは野菜売り場に向かった。




 寄せ鍋の良いところは、いろいろな食材が合うということだ。今日用意したのは白菜、水菜、白ねぎ、椎茸、えのき茸、木綿豆腐、そしてたっぷりの豚肉と鶏肉である。つくねも作ろうと、鶏挽き肉も買ってきた。


 豚肉はお財布の都合もあって切り落としなのだが、鶏肉はもも肉である。奮発と言うには控えめなのだが、そもそも鶏肉は庶民の味方である。そして何より美味しい。お鍋には骨付きの鶏肉が美味しいのだが、骨付きだと竹ちゃんが食べにくいだろうと、普通のもも肉だ。


 魚介類はたらとあさりを用意した。あさりは言わずと知れた春の味覚だが、鱈は冬のイメージである。だが年中水揚げされ、何より寄せ鍋に合うのである。


 そろそろ時間だろうか。家に帰って時計を見ると15時だ。晩ごはんには少し早いが、支度を進めておこう。竹ちゃんがいつ来てくれても良い様に。


 あさりは塩水を張ったバットに入れ、アルミでふんわり蓋をして冷蔵庫へ。砂吐きをさせるのだ。店頭に並んでいる時点である程度の砂吐きは済んでいるのだが、念には念を入れて。竹ちゃんに砂をかんだあさりを食べて欲しく無い一心である。


 先に寄せ鍋のおつゆを作っておこう。土鍋にお出汁を張って火に掛け、日本酒、みりん、お醤油で味を整えた。そのまま弱火にしておいて。


 お野菜の下ごしらえだ。白菜と水菜はざく切りにし、軸と葉を分けて軸は土鍋へ。白ねぎはななめ切り。これも半分を土鍋に。大振りの椎茸は石づきを落とし、傘と軸を離して軸は割いて土鍋に入れる。傘は斜めに半分にする。えのき茸は石づきを落として適当に割いて。


 それらを大皿に盛り付け、ラップをして冷蔵庫へ入れた。


 さて、お肉である。豚肉は切り落としなのでそのまま使う。鶏もも肉は一口大に。これらもお皿に盛り付けてラップを掛けて冷蔵庫へ。


 鱈の切り身もお塩を振って臭み抜きをする。


 そしてつくねである。ボウルに鶏挽き肉を入れ、お塩を少々加えてもったりとするまで良く練り、卵と青ねぎの小口切り、日本酒、チューブの生姜を入れて良く混ぜ込む。それを深めの器にこんもりと盛り、お鍋にはスプーンで掬って落とすのだ。それにもラップを掛けて冷蔵庫へ。


「さぁ竹ちゃん、いつでも来い!」


 そんな元気なひとり言を言いながら、たこ焼き用のたこの解凍具合を見る。たこは少しでもロスが出ない様に、冷凍の切り身を入荷しているのだ。先週を参考にし、とりあえず24粒。


 たこは冷蔵庫でじっくり解凍するのである。「さかなし」で使う場合は量も多いので、前日の晩からお店の冷蔵庫に入れておくのだが、今回は少ないので、バットに広げておいたら数時間で解凍できるのだ。


 生地は昨日のうちに作って、冷蔵庫で寝かせている。これは「さかなし」のたこ焼きと同じ方法である。先週は突然のことだったので作ってすぐに使ったが、寝かせることでより滑らかで美味しいたこ焼きに仕上がるのである。


 ちなみにお出汁は水出しである。朝、大容量麦茶ポット数本に昆布とお茶パックに入れた削り節を入れ、お水を注いで冷蔵庫に入れておく。閉店後にはお出汁が取れているので、それを翌日の生地に使うのだ。


 青ねぎと天かす、紅生姜も用意して、冷蔵庫に入れたところで。


「渚沙ー、竹子たけこが来たカピよー」


 リビングダイニングの外から声が聞こえ、渚沙の心はぴょんと跳ね上がった。

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