第3話 私たちの決めた道

 復活の魔法の儀式により眠っていたルベリアは翌日、何事もなかったように目覚めた。儀式の成功を知ると誰よりも喜び、ルタの元へ一目散に駆け出すなど元気な姿を見せた。


 それから数日後、ルベリアとティアはこれからどうするかをコキとルタに報告に来た。


「本当によろしいのですか?」


 コキは2人の決断を聞いて、改めてルベリアに尋ねる。


「ええ、決めました。私はこの子と一緒に一度北の大地へ向かい、他の北竜たちを探します」


 コキたちは当初、ティアを避難先の西竜の里へ誘い、ルベリアを遠くの人間の街へ送ることを提案した。これ以上竜と人が交わることは、今回の出来事のように新たな悲劇を招くかもしれないというコキの懸念もあった。しかし、ルベリアは北へ帰りたがっているティアと共に行く道を選んだ。


「私の願いは、人間と竜がかつてのように共存できる道を見つけることです。そのためにまずは捕らえられているかもしれない北竜たちを救い、そして出来ればラファーガに竜を犠牲を強いる革新を止めさせなければなりません。今の私たちでは出来るかどうかわかりませんが……それでも、私は前に進みたいと思います」


 ルベリアの言葉には不安が含まれていたが、その顔は晴れやかであった。続いてティアが進み出る。


「せっかく誘って頂きましたが、ボクはやっぱり他の北竜が心配です。少しでも早く安否を知りたいですし、ボクが生きていることを知らせたいです」


 そう言うと、ティアはルタにオレンジ色の鱗を差し出す。


「向こうの里へ行って、もしボクと同じような北竜に出会ったらボクのことを知らせてください。北竜のキラは生きている、って」


 鱗を受け取ったルタは、改めてティアとルベリアの顔を見る。


「わかった。向こうの竜たちにも北竜の話が嘘でない証拠になるだろう」


 鱗を渡したティアは、今まで以上にすっきりとした表情を見せた。


***


 それから更に数日後、ルベリアとティアが里を出る日がやってきた。よく晴れた空は2人の門出を祝福しているようだった。


「何から何までお世話になりました。それに、皆さんのおかげで聖法衣をこんなに素敵にしてもらえて……」


 コキはルベリアの姿を見つめる。短く切り揃えた白金色の髪に瞳の色と同じ青い地の法衣を纏ったルベリアは、かつて朝日に例えられた聖女の姿とは異なる様相をしていた。


「やはり聖法衣は貴女が着るのが一番です……いえ、竜法衣と呼ぶべきでしょうか」


 コキたちは聖法衣に新たな魔力を込め、更に強い力を発揮できるように仕立て直した。聖法衣に新たな竜衣を重ね、羽織ると目立つ金色の地からルベリアの瞳の色と同じ鮮やかな青地に色を変えた。聖女としてではなく、ルベリア・ルナールが所有する法衣として聖法衣を纏うように出来ること、それがルタの命を救ったルベリアに対する西竜たちの礼であった。


「それでは、くれぐれもご無事で」


 ルベリアとティアは西竜たちに重ねて礼を言うと、西竜の里を出た。オレンジ色のティアの体色は日中は目立つため、飛行は憚られた。西竜たちからこの辺りの地理は一通り聞いていたが、旅慣れないルベリアとティアは早速森の中で迷ってしまった。


「さて、ラファーガまでどうやって行こうか?」

「人間の国へは人間の作った道で行くのが一番よ。まずは道に辿り着きましょうか」

「その前にちょっと休憩、疲れた」


 当てもなく森の中を歩いていたため、ルベリアとティアは手頃な場所に座り込んだ。人間がいる場所に出るまで、ティアは竜の姿のままであった。


「そうだ、返事がまだだったわね」


 ルベリアは改まってティアに向き直った。大人になったティアは他の竜と同じくルベリアより一回りほど大きな背丈になっていたが、真面目な顔のルベリアに萎縮する。


「返事って……あ、あれのこと?」

「そうよ、ボクのお嫁さんになってって言ったでしょう?」

「だから、あれはその……」


 ティアは再度『お嫁さん』に触れられ、居心地が悪そうに顔を反らす。


「私、あなたたちに助けられてからずっと考えたの。聖女でなくなったら、私は一体何になればいいんだろうって」

「そんなの、リーベはリーベじゃないか」


 即答するティアに、ルベリアは頭を振る。


「そうなんだけどね。私、今まで自分のことなんて考えたことがなかったの。ううん、考えることすらできなかったし、考えることが怖かった。経典にあるとおり、聖女は我以外を認め慈しむことが最優先。私のことなんて、考えるのもあり得ないことだった。それで、今なら思うの、私何のために生きていたんだろうなって……」


 ルベリアは寂しく笑う。ロメール国へ帰った際に、ルベリアは一刻も無事を伝えたい人物に思い当たらなかったことが悔しかった。父母ですら幼い頃から離れて暮らしてきたため、ルベリアの中で特別な存在として認識されていなかった。


「でも今こうやって、あなたを認め慈しむことで私が生まれた。ルベリア・ルナールはただひとつのあなただけを愛することを許された気がするの」


 ルベリアはティアの手を取る。


「だからロメール国教会の聖女ではなくて、ただのルベリア・ルナールでよければ私をお嫁さんにしてくれないかしら?」


 その言葉にティアは一瞬呆けた後、急にルベリアを抱き寄せる。


「……もちろんだよ!」


 ティアの紫色の瞳から涙が一滴零れ、ただひとつだけの紫色の鱗を濡らした。

 

「それじゃあよろしくね、ティア……いいえ、キラ」

「こちらこそよろしく、リーベ……ううん、ルベリア」


 北竜のキラは翼で優しくルベリアを抱いた。翼で包み込むのは竜の仕草で親愛を表すとルベリアは聞いていた。ルベリアはキラの頬に口を寄せる。顔を寄せ合うのが人間の求愛の仕草だとキラは知っていた。


 長い抱擁の後、2人は前を向いた。


「それじゃあ、行きましょうか。まず道を探さないと」

「道に出ても、どうやってラファーガに行くの? ボクは北の方ってしか知らないよ」


 未だに前途に不安が残るティアに、ルベリアは笑いかける。


「それは、何とかなるわよ。ひとりじゃないもの」


 ルベリアは太陽のような笑顔でティアの手を握った。


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