第2話 聖法衣と聖女
ルベリアの復活の魔法は2日間に及んだ。聖法衣に包まれていたとはいえ、大聖堂で聖法衣を取り返す前から休んでいなかったルベリアはルタへの儀式が終了した後、倒れ込むように眠りに落ちた。
「リーベ、無茶しすぎだよ」
精魂尽き果てて眠るルベリアにティアは付き添っていた。聖法衣に守られていたため、命に問題はなさそうであった。
「でも、リーベは本当にすごいね。ボクだけでなく、病の大竜様まで癒やしてしまうんだから。やっぱりボクなんて……」
ルベリアの寝顔を見ながら、ティアは嘆息する。ルベリアを守ると誓ったが、死に行く者を救う聖女のルベリアと自分が釣り合わないように感じてしまい、ティアは消えてしまいたいと思うほどに自信を無くしていた。
「ルベリア殿はどうですか?」
コキがルベリアを見舞いにやってきた。コキは儀式の後、ルベリアと共に昏睡状態に陥っていたルタを介抱していた。
「よく眠ってるよ。よっぽど疲れたんだろうね」
ティアはコキに返事をする。ルベリアが目を覚ます様子は未だになかった。
「先ほど、大竜は目覚めました。まだ魔力は戻りませんが、魔力が抜けていく症状はなくなったようです。直に元に戻るでしょう」
「そうか、よかった!」
コキの報告にティアは儀式の成功を知り、胸を撫で下ろす。眠っているルベリアの顔まで誇らしいようにティアは感じた。ティアがにっこり笑ったのを見て、コキは先送りになっていた話を聞き出すことにした。
「それで、あなたは一体どうやって魔力を一気に得たのかまだ聞いていなかったんだけど?」
「それは……」
ティアは大聖堂での出来事をコキに語った。竜衣と聖法衣、そしてルベリアの魔力が混ざった結果莫大な魔力が生まれたこと、そしてルベリアの増幅した回復魔法で聖騎士たちを怯ませたこと、更にその溢れた魔力を直接浴びて即座に大人の身体になったこと。一通りの話を聞き、コキは深く頷いた。
「それで、あなたはこれからどうするのかしら?」
「どうするって?」
首を傾げるティアに、コキは今後のことを話して聞かせた。
「私たちは人間たちに襲撃される恐れがある以上、この里に留まることが危険だと判断しました。ここからかなり離れた場所に、別の西竜の里があります。私たちはしばらくそこを避難先にして、別の場所へ新たな里を作ることを決めました」
西竜たちの決断に、ティアは項垂れる。
「すみません、ボクのせいで……」
「いいえ、決してあなたのせいではありません」
コキは落ち込むティアを慰める。
「これはもうあなたや私たちだけの問題ではなく、竜全体の問題です。私たちはあなたたち北竜の悲劇を他の地域に住む竜たちに広めなければなりません。手始めに避難先の西竜にはあなたのことを話してあります。出来れば、私たちと一緒に来てもらえませんか?」
ティアはコキの申し出に顔を上げた。
「それじゃあ、リーベはどうするの?」
「人間が襲ってくるかもしれないという話をする以上、余所の里に彼女を連れて行くことはあまりよくない結果になるかもしれません。ただ、彼女が聖法衣を所持しているなら話は変わるかも知れないけど……」
ティアとコキは眠っているルベリアを見つめる。
「そうだわ。この聖法衣、少し借りても良いかしら」
「リーベのものだけど、ちゃんと返してね」
コキはルベリアの上にかけてある聖法衣を取り上げ、しげしげと眺めた。
「……やっぱりそうね」
聖法衣をじっと見ていたコキはため息をつく。
「やっぱりって、何が?」
「この法衣は、竜の技術で作られているわね」
その言葉にティアは身を震わせる。
「一体どういう原理で出来ているのかわからないけれど、かなり特殊な竜衣を元に作られているようね」
「でもリーベは、聖法衣を開発した人は謎の死を遂げたって……」
ティアはルベリアから聞いた聖法衣の話をコキに伝える。コキはティアの話を聞きながら、聖法衣を眺めて、目を細める。
「これは私が幼い頃に聞いた話なのですが……ある里の若い女が人間に憧れて、そのまま里を飛び出していなくなったそうです。それ以来帰ってこないので人間に殺されたのではと言われていたのですが……」
楽観的で保守的な考えを持つことが多い竜にとって、人間に憧れて失踪したという話はとても珍しいものだった。
「人間の魔力だけでは、この法衣を完成させるのは不可能です。もし私の知っているその話とこの聖法衣の成り立ちに何か関連があったとしても不思議ではないですが、ただの憶測の域を出ませんね」
ティアとコキは改めて聖法衣を眺める。人間に憧れて失踪した女の竜と、謎の死を遂げた聖法衣の開発者。そこにどんな物語があったのかを正確に知ることは出来ないが、金色に輝く聖法衣がその2つの物語を結びつけていることは想像に難くなかった。
「ひとつだけ確かに言えることは、竜と人の心が確かに交わったという証拠になるということだけよ。あなたたちのように」
ぼんやりと聖法衣を眺めていたティアは、咄嗟にコキの元へ顔を向ける。
「そんな……ボクらはそんなんじゃないですってば!」
「あら、あんなにリーベ大好きってくっついていたのに?」
コキがからかうように言うと、ティアはふてくされたように言い捨てる。
「あ、あのそれは……それはそれです!」
「そうなの……それはそれは」
コキは里へ辿り着いた頃のティアを思い出した。自分の名前も姿も明らかに出来ないほどに傷ついていたティアは、同様に傷ついたルベリアに寄り添うことで崩れ落ちそうな心に壁を築いていた。その頑なな壁が消え、ティアの心が少しだけ前を向いたことにコキは安堵した。
再度聖法衣に目を落とし、コキはティアに提案する。
「……よろしければ、この法衣を私たちに少しだけ預けてもらってもいいかしら?」
突然の申し出にティアは困惑した。
「ええ、でもリーベが……」
「大丈夫です。私たちも彼女にとても助けられました。そのお礼をしなければなりませんからね」
コキは眠っているルベリアと、彼女を守るように寄り添うティアを見て微笑んだ。
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