《第10章 青空への祈り》

第1話 復活の魔法

 西竜の里に戻ってきたルベリアとティアは、真っ先に里長の家へ向かった。


「聖法衣を取り返してきました!」


 聖法衣を着て飛び込んできたルベリアにコキは驚いた。


「あなたたち、どうやって……それよりも!」


 コキはティアの姿を見て驚いた。出かける前はひどく弱っていて発育も十分ではなかった竜が、たった数日で一人前以上の大人になって帰ってきたことが信じられなかった。


「訳は後で話します。それよりも復活の魔法の準備を行いましょう」


 ルベリアは早速コキに頼んだ。


「でも、そんなに急がなくても……」

「ロメール国には、もうラファーガの手先が来ていたよ。あんまり猶予がないんだ」


 北竜を襲ったというラファーガの人間がすぐそこまで来ているというティアの報告に、コキも事態の深刻さを理解した。そしてすぐに復活の魔法を行う準備を始めた。


「患者に注ぐ魔力の調整は私が全て行います。皆さんは私に魔力を注ぎ続けてください。竜と言えども数日に渡る複雑な魔法になりますので、休憩する順番などを考えておいてください」


 聖法衣を纏ったルベリアは自分よりも大きな竜を相手に的確に指示を出していく。


「一度魔力の調整に入ると、私と話をすることができなくなります。その前に伝えられるだけ今回の魔法の仕組みをお伝えします。ないとは思いますが、もし私の調整が崩れた際にお力添えを願えると助かります」


 ルベリアは、サポートとしてやってきた西竜たちに復活の魔法の仕組みを伝授する。ルタの命を助けるためと里長の家に集められた竜たちはルベリアの話を聞き、真剣に復活の魔法の儀式を行う手助けを始めた。


「……すごいなあ」


 ティアはルベリアの手際の良さに感心していた。


「すごいのは当たり前でしょう、あの子はこの前まで国を背負って聖女を務めていたのよ。人の上に立って指導をする機会も多かったはずよ」


 コキがティアに語りかける。


「自分の意志でなく聖女にされて、それなのに自分の国に捨てられて、それでも自分のことも省みずにこうやってまだ誰かを助けようとしている。あの子はとても強いわ。並大抵の心持ちで出来ることではないでしょうね」

「ボクもそう思う。だからリーベは、ボクを拾ってくれたんだと思う」


 ティアはルベリアに癒やしてもらった日々を思い出していた。凶兆と呼ばれている自分を真っ先に拾い上げた勇気は、聖女としての義務や誇りの前にルベリア自身の気高く優しい気質があるとティアは確信した。


「準備が終わりました」


 ルベリアはコキに報告をする。その顔はロメール国教会の象徴として一生を過ごすことを決められていた聖女ルベリア・ルナールの誇りに満ちていた。


***


「それでは、これより復活の儀を行います。皆さん、よろしくお願いします」


 急拵えで作られた祭壇にうつ伏せに横たえられたルタに、ルベリアは話しかける。


「ルタさん、今から貴方の身体に強く魔力を流し続けます。病に用いる復活の魔法は、病気の元ではなく身体全体の生命力に働きかけ、身体を治癒する力を最大限に引き出します。そのため、一時的に病気を進行させることもあります」


 ルベリアの説明に、ルタは顔を強ばらせる。


「お辛いときは、控えている方に合図を出してください。回復魔法で一時的に苦痛を和らげます」


 祭壇の周りにはコキを始め、西竜たちが集まっていた。


「ルベリア殿、何から何まですまない」


 申し訳なさそうに告げるルタに、ルベリアは微笑む。


「いいえ、私はただ自分の恩義を返したいだけです」


 ルベリアは纏っている聖法衣の襟を正した。


「では始めましょうか。私は全ての魔力の調整が終わるまで話をすることができなくなります。おそらく数日かかると思われますので、皆さん頑張ってください」


 そう言うと、ルベリアは復活の魔法を発動を試みた。竜たちもルベリアに魔力を送り、その魔力をルベリアは練り上げ、ロメール国教会経典を暗唱しながら復活魔法としてルタへ流し込む。


「経典1の章より、始祖と大地の契約。始祖ロメールの降り立つ大地。荒野の果てに辿り着きし約束の地にて、始祖と大地は契約を結ぶ。大地より与えられし恵みにより、ロメールの民を栄えさせよ。ロメールの民は大地を敬い、始祖を礎とせよ。始祖は始まりにして、終わりを約束するものなり。始祖、荒野にて伝えたることに終わりを恐れるなかれ。終わりは全ての始まりなり。始まりもまた終わりの始まりなり。終わりをもって、始まりとするなり」


 魔法の発動に呪文があるわけではなく、ルベリアは集中状態に入るためにしばしばロメール国教会経典を唱えていた。聖法衣の力でルベリアの魔力は安定し、更に重ねて来ている竜衣のおかげでルベリア自身の魔力も高まっていた。


 ルベリアはひたすら目の前の魔力を復活魔法に変換し続けていた。極度の集中状態の中で考えられたことは、儀式の成功のみだった。


「始祖、荒野にて伝えたることに慈悲と友愛をもって救済と成す。慈悲とは我以外の存在を認めること。友愛とは、我以外の存在を慈しむこと。認め慈しむことこそ即ち救済にしてただひとつの真理なり」


 供給される魔力を紡ぎながら、ルベリアはルタに復活の魔法を注ぎ続ける。聖法衣によりルベリアの体力は維持され、集中状態を持続させることが出来た。


「リーベ、頑張れ」


 ティアはルベリアの隣で儀式の成功を祈った。聖法衣を着ていると言えども、休まず莫大な魔力を操作し続けるルベリアの気力が心配であった。


 ルベリアの祈祷は2日間通して行われた。魔力を注ぎ続けているルベリアとルタ以外の竜は代わる代わる交代し、儀式を見守った。

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