《第9章 竜と皇太子》

第1話 交渉の材料

 ルベリアがティアを拾う前、戴冠式を数か月後に控えたレムレス・ロメールは悩んでいた。


「ラファーガの使者はどうでしたか?」


 レムレスの忠臣を気取ったセイサムが、頭を抱えているレムレスに尋ねた。


「どうもこうもない。要は属国として従え、ということしかない」


 北の国で勢力を広げているラファーガ国はロメール国の若い新皇帝に友好関係をちらつかせながらも、対等な関係を築く気がなさそうだった。東の方ではラファーガに逆らったばかりに


「交渉としては、人質として第4皇女をくれてやる、それと特別な贈り物があるということだ。厳重に封がしてある箱を置いていった。一体何が入っているのか……」


 それは一抱えほどある大きな木箱だった。控えの聖騎士に命じて、レムレスとセイサムは慎重に箱を開けさせた。


「これは……竜!?」


 箱の中から出てきたのは、魔封じの鎖で縛られた小さなオレンジ色の竜であった。聖騎士もセイサムも即座に箱から遠ざかったが、レムレスはひとり箱のそばに立ち続けた。既に動く気力もないのか、レムレスが掴みあげても竜は全く動かなかった。


「殿下! そのようなものにお手を触れないでください!」

「馬鹿馬鹿しい、こんな生き物に何ができるというんだ」


 レムレスは箱に竜を投げ入れる。


「見てみろ、猫ほどの大きさしかないではないか。これでどうやって我々を食らうというのだ? それに魔封じの鎖がある限り、この竜は魔力を使えない。何も恐ろしいことはないではないか」


 セイサムと聖騎士がこわごわと箱の中を覗き込む。レムレスは箱に同封されていた竜の詳細が書かれている手紙を読み、改めて箱の中の竜を見る。


「なるほど、それでこいつは……そうか、そういうことか」


 レムレスは竜を使った魔力の増強、そしてラファーガの反映の影に竜の魔力があることを察した。そしてそれを送りつけてきた、ということにラファーガの真意を見た。


「向こうは対等というカードを切るつもりはない。しかし、こちらもそうやすやすと従うわけにもいかない」

「つまり、どういうことです?」

「来るべき日に備えて、ラファーガと対抗する戦力を蓄えるしかない」


 レムレスは、新皇帝としてロメール国を護ることを優先する決断をした。


「そのためには、まずあの聖女様を何とかしないといけない」

「はあ、聖女様ですか。争いはいけませぇん、とか言いそうですね」


 セイサムはうんざりした表情を見せる。実質上の国教会のトップに君臨する聖女の影響力は計り知れない。ロメール国教会の教義の上では正解であっても、外交の場においてそれが通用するかどうかは別の話であった。


「所詮小娘だ。お飾りにはちょうどいいが、やはりこういう場には相応しくない」


 レムレスはラファーガに対抗するための戦力を増強する前に、国教会の象徴であるルベリアを何とかしなければならないと考えた。


「……そうだ。聖女様はお心優しいことで有名だよな?」

「それが何か?」


 レムレスの脳裏にルベリアを陥れる策が巡っていく。


「この竜をルベリアの前に置くんだ。できるだけ惨めに、可哀想に見せかけてな。放っておけない聖女様はこの竜を介抱するしかなくなる。そこに我々が踏み込んで、竜なんかの世話をした女は聖女にできない、と脅迫する」

「その後はどうするんですか?」


 セイサムの問いにレムレスは思案する。


「そうだな……聖女を追放するのは国民感情を考えるとよくないだろう。皇妃にでもなってもらえば、こちらの監視もしやすくなる。後は子供でも育ててもらって、発言権を大幅になくす。聖女なんかより楽しいだろう」


 レムレスの提案に、セイサムは目を丸くした。


「それはつまり、殿下がルベリアと結婚なさるということですか!?」

「国民感情を優先するなら、それが一番だ。盛り上がるだろう?」


 セイサムはレムレスとルベリアの婚礼の儀を想像する。国民から慕われている2人が結婚するとなると、確かに盛り上がることは間違いなかった。しかし、セイサムは何故レムレスが一足飛びにルベリアと結婚をすることになるのかまではわからなかった。


「しかし、もしあの小娘が頑固で断ってきた場合はどうするんですか? 予定通り追放しますか?」

「正直あの小娘は何かと目障りだからどこか別の場所に行ってもらいたいのだが……いっそ処刑するか」

「処刑、ですか!? 聖女を!? 国教会はどうするんですか!?」


 レムレスの更に突拍子もない発言にセイサムは困惑する。


「そんなの、お前が何とかすればいい」

「しかし、聖女職はいろいろ難しいんですよ。長い対外行事とか、寝ずの祈祷とか、面倒くさいことが山盛りでとても私1人で何とかするというのは……」


 セイサムは司祭長の立場でありながら、聖女の権力を心から欲しているわけではなかった。権力は欲しかったが、出来ることなら面倒くさいことは極力避けたいと考えていた。


 尻込みするセイサムを見て、レムレスは嘆息する。


「それなら、教皇の復活といこうじゃないか。聖法衣は僕が着る。僕だって一応それなりの訓練は受けている。あの女ほどではないが、聖法衣を使う器はある。それでいいだろう?」

「は、まぁ……それなら、安心ですね」


 セイサムは自身が責任ある聖法衣を纏わなくていいことに安堵した。


「処刑方法は、そうだな……なるべく目立つものがいい……竜、竜か」


 レムレスは箱の中でぐったりと動かない竜を見つめる。


「ちょうどいい処刑法を思いついたぞ。セイサム、後で国教会の資料を漁れ」

「一体何を思いついたんですか?」

「ラファーガに対抗する手段だ。いいぞ、どっちに転んでも聖女様はおしまいだ」


 レムレスは箱から竜をの首を持って取り出した。凶兆と呼ばれる竜を見て、聖騎士たちはやはり一歩下がった。


「どれ、さっそく少し細工をするか」


 レムレスは聖騎士の下げている剣を取り上げると、竜の翼を切り取った。痛みに耐えきれず竜は暴れるが、魔封じの鎖をかけられているために為す術がなかった。


「この竜は鳴かないんですね」


 部屋の隅でセイサムが竜から離れて呟いた。レムレスは竜の尾も切り取り、更に両目を潰した。


「いや、これではまだ生ぬるいな」


 竜から切り取った翼と尾は魔力の塊となり、放置しているうちに泡のように消えた。レムレスはなるべく惨たらしく見せるためにはどうすればいいのかを考えながら、竜を無心で切り刻んだ。


「殿下、それ以上傷つけたらなくなってしまいますよ」


 こわごわとセイサムが忠言する。レムレスが我に返ると、竜は何の動物かわからないほど傷つき、その大きさはどんどん小さくなっていった。最初は猫ほどあった大きさは、今は小さな野ウサギほどになっている。


「使えば小さくなるのか。石鹸みたいな奴だな」


 小さくなった竜を、レムレスは聖騎士に預けた。


「これを大聖堂の裏道に置いてこい。ルベリアが拾い上げるまで出来れば監視しろ」


 聖騎士は小さくなった竜を指で摘まみ、袋に入れた。そして指示通り大聖堂の裏道の隅に置き、ルベリアが拾い上げるのを待った。


 最初は草陰に置いたために竜は誰にも気づかれなかった。聖騎士は確実にルベリアに拾い上げられるよう、朝の礼拝から帰るタイミングで竜を道の上に移動した。ルベリアがしっかりと竜を拾い上げたことを聖騎士は見届け、レムレスに報告することになった。

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