第2話 聖法衣奪還

 戴冠式の最中、大聖堂に突如現れた巨大な竜と死んだはずの前聖女に人々は翻弄された。


「リーベ、早く!」


 大聖堂の中をティアは飛び回っていた。大聖堂を護る聖騎士たちからの魔力の攻撃はあったが、強固に掛けた加護の魔法により直撃を免れていた。


「死に損ないどもが。今更何の用だ?」


 聖騎士たちに護られて、ルベリアがそれ以上レムレスに近づくのは不可能であった。


「貴方に用はありません。その聖法衣を渡してくれるなら、大人しく引き上げるわ」


 ルベリアはレムレスとの交渉に持ち込むことにした。聞き入れられるとは思わなかったが、ルベリアには秘策があった。


「何を馬鹿げたことを。国の象徴を死に損ないに渡す君主がどこにいるんだ?」

「その国の象徴を罪人に仕立て上げて殺した人が何を言うのですか!?」


 ルベリアの言葉に周囲の参列者たちは動揺する。


「陛下が聖女様を罪人に仕立て上げた、だと?」

「しかし聖女の罪は明白であったはずだ!」

「だが証拠の竜はまだ見つかっていない!」

「いや、あれこそが聖女がかわいがった竜だろう!?」


 ルベリアの追求に人々の心が揺れた。戴冠式を控えた手前、有無を言わさず処刑された聖女について触れることは半ば禁忌のように扱われていた。しかし当の本人が蘇って冤罪を主張するのであれば、疑念を持つ者が現れてもおかしくなかった。


「言いがかりは寄せ。それで、ご自慢の竜を従えて復讐にでもやってきたのか?」

「いいえ、決して私は復讐など望みません。納得して頂けないなら、陛下直々に私の身体を調べてもらっても構いません」


 ルベリアは大聖堂の真ん中で両手を広げて見せた。


「しかし、セイサムの火傷も貴様らの仕業だろう。一体、どんな術を使ったんだ!?」


 レムレスは司祭長室で倒れていたセイサムを思い出す。顔の上半分を焼かれていたセイサムは、国教会院で治療を受けていた。重度の火傷によりショックで声が出ないものと思われていたが、目の前にルベリアが現れたことでレムレスは強い警戒を見せた。


「聖法衣を着ていない、ただの女がそんなに恐ろしいですか?」


 通常であれば、聖女と言えども生身の人間がやすやすと魔法を繰り出せるものではなかった。竜衣により魔法が使えることを隠して、ルベリアはレムレスを挑発する。


「ただの女だと?」


 聖騎士たちを抑え、レムレスが竜衣を纏っているルベリアに近づいた。


「陛下、危険です!」

「黙れ。今がどうであれ、こいつは虫も殺せない聖女ルベリア・ルナールだ。他人に危害を加える度胸なんかあるものか。それよりもあいつを何とかしろ」


 レムレスは頭上を見上げる。大聖堂の上ではティアが聖騎士たちの魔法から必死で逃げ回っていた。


「ルベリア、君は一体何故生きている? 竜に食われたのではなかったのか?」


 聖騎士たちがティアに注目した瞬間、レムレスは聖騎士たちの護りから飛び出してルベリアに詰め寄った。

 

「陛下、何か勘違いしていらっしゃいませんか?」


 ルベリアは驚いた。レムレスが自分から近づいてくるのは想定外であった。


「ルベリア・ルナールは死にました。貴方が殺したのをお忘れですか?」

「それでは貴様は一体誰だと言うのだ!?」


 レムレスがルベリアに更に近づく。


「人殺しに名乗る名前はございません」


 ルベリアは近寄ってきたレムレスの纏っている聖法衣に手を伸ばす。聖法衣に手を触れることさえできれば、ルベリアには秘策があった。ルベリアは聖法衣を纏ってるレムレスに抱きついた。


「貴様、一体何を……!?」


 レムレスは突然のことに更に驚き、硬直した。その隙にルベリアは竜衣の力と自身の持てる限りの魔力を用いて、回復魔法を周囲に施した。


「全ての者に慈悲と友愛を!」


 その魔力は聖法衣を介して更に増強し、大聖堂にルベリアの回復魔法が満ちあふれた。


「な、なんだこれは……」

「力が、入らない……?」


 レムレスを守護していた聖騎士たちはルベリアの強力な回復魔法の直撃を受け、ことごとく床にしゃがみこんだ。その真ん中でレムレスは立ち上がることも出来ず、強い魔力を制御できずに聖法衣の中で脱力するしかなかった。


「やはり貴方にこの法衣を着こなすことはできませんね」


 ルベリアは動くことのできなくなったレムレスから聖法衣を外すと、自身の肩に掛けた。レムレスは何とか手を伸ばすが、ルベリアはその手を払いのける。


「護る力も、時には刃となり得るのです。恥を知りなさい」


 ルベリアは昨夜、過剰に回復魔法を受けて心地よさの余りぐったりとしたことを思い出していた。どうすれば誰も傷つけずに動きを封じられるかを考えた末に、ルベリアは回復魔法を増大する術を思いついた。眠りの魔法は不意打ちでしか効果がなく、大聖堂で聖騎士たちと対面するような場面では使えない。どうしても戦いたくなかったルベリアにとって、回復魔法を過剰にかけることによって相手が動けなくなるというのは新たな発見であった。


「やったね!」


 聖騎士たちからの魔法を避け続けたティアが、ようやくルベリアの元にやってくる。聖法衣を着たルベリアに触れた瞬間、ティアの動きが止まった。


「ティア……?」


 ティアの身体はがくがくと震える。


「リー、ベ、ボク、あ、ああ、あああああああ!」


 聖法衣により過剰に溢れた魔力が、魔力の足りない器を見つけてティアの身体に一気に流れ込んだ。


「ティア!」


 ルベリアは溢れる魔力の元を制御しようとしたが、聖法衣はティアに魔力を注ぎ続ける。


「な、何だ……!?」

「総員! 待避!!」


 市民や参列者を避難させ、事態の成り行きを見守ってきた聖騎士たちが一斉に逃げだした。ルベリアの回復魔法を直接浴びて動けなくなっている聖騎士たちは、ルベリアと共に大聖堂の天井を見上げた。


 そこにいたのは、完全に大人の姿になったオレンジ色の巨大な竜だった。大聖堂の半分はあろうかという巨体を持った竜は紫色の瞳を輝かせて、真っ先にレムレスを見下ろした。

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