《第8章 戴冠式》
第1話 新聖女即位
戴冠式当日、大聖堂は一部市民にも開放されていた。朝早くから戴冠式をひと目見ようと、大勢の民衆が押し寄せていた。
「列が動き出したわね」
「そろそろ始まるかな」
茂みから出てきたルベリアとティアは、暗いうちから大聖堂の前に待機していた。間もなく戴冠式が始まるらしく、朝早くから並んでいた民衆が大聖堂の中に通される。
「大聖堂に入ればこっちのものよ」
ルベリアははぐれないようにティアの手をぎゅっと握る。市民に開放されたスペースは大聖堂の半分ほどで、前列には有力貴族や国教会員がずらりと並んでいる。誰も彼もがルベリアの顔見知りであった。
「ふふふ、変な感じ」
「なにが?」
「だって、本来私はあっちに座る側の人間だったのよ」
「ダメ、リーベはボクの隣に座るの」
「そうね」
聖法衣奪還の作戦は事前に考えてあった。レムレスが聖法衣を着て登場したところで、ティアが竜本来の姿に戻り注意を引きつける。その隙にルベリアがレムレスの元へ走り聖法衣を取り返す。
聖法衣さえ取り返せば、ルベリアは自由に魔法を使うことが出来る。後はティアがルベリアを回収して大聖堂の壁を壊して逃げるという算段であった。やはり無謀で危険な作戦であったが、それ以外によい方法は思い浮かばなかった。
「加護の魔法は?」
ルベリアとティアは、レムレスが出てくる前に最後の確認を行う。
「大丈夫。ルベリアは?」
「最低限はかけたけど、素早く走るほうが優先ね」
「気をつけて。ボクが注意を引ければ、前の奴らはきっと油断をするよ」
ひそひそと話しながら、2人はレムレスが出てくるのを待った。式典が始まると、レムレスが登場する前に様々な神事が執り行われた。本来はルベリアが行うはずであった祈りの斉唱やロメール国家聖典の朗読、来賓向けの挨拶などが続く。
「流石にあいつは出てこないね」
ティアは、昨夜顔面に熱した炭を押しつけたセイサムを思い出していた。式の進行によると、聖女の代理である司祭長は急病のため代理の代理が立てられているとのことであった。
「当然よ。もしかしたら、まだ司祭長室にひとりでいるのかもしれないわ」
ルベリアの声は冷たかった。ルベリアも自分にこんな声が出せるのかと少し驚いた。
「それでは戴冠の儀に先駆けて、新聖女の即位式を行います」
進行の声にルベリアはぞっとした。悠々と大聖堂の身廊を歩いて登場したのは、ロメール国教会の制服ではなく異国の神教徒の制服を着た女であった。
「ラファーガ国より参られた、第四皇女キャロル・ラファーガ殿下でございます」
新聖女がラファーガ国の皇女であることを知り、一般市民の間には驚きが見えた。それとは反対に、貴族や国教会員はラファーガの皇女を何食わぬ顔で受け入れていた。
「この度は、ロメール国教会聖女という大役を仰せつかりました。何分、数日前にこの国に来たばかりです。皆様どうぞよろしくお願い致します」
ラファーガ皇女は壇上で恭しく礼をして見せた。
「ロメールの民のために、これからは国教会を守る奇跡を起こせるよう精進して参ります」
ティアはその時、握っているルベリアの手が細かく震えていることに気がつき、そっとルベリアを見た。そして、すぐに目を伏せた。
「リーベ、大丈夫?」
「わ、私は平気よ。大丈夫、大丈夫よ」
何とか平静を装おうとしていたが、ルベリアの顔面は怒りのあまり蒼白になっていた。
「……酷いよ」
「どうしたの、ティア」
ルベリアの代わりに、ティアの瞳から涙が零れる。
「ダメだよ、可哀想だよ、こんなことって、ないよ」
ティアは傷を癒やされているとき、ルベリアの聖法衣の中で彼女がどれだけロメール国教会を思っているか、民のために尽くせるか考えていることを聞いていた。そんなルベリアにこのような仕打ちをするレムレスが、ティアは心底許せなくなっていた。
「ティア、落ち着いて。もうすぐあいつが来るわ」
「う、うん」
新聖女のお披露目が終わると、いよいよ金色の聖法衣を纏ったレムレスが入場してきた。
「見ろよ、聖法衣だ」
「何故レムレス陛下が聖法衣を?」
「新聖女に授けるのではないのか?」
周囲からは懸念の声が聞こえていた。
「レムレスが前列に差し掛かった瞬間がチャンスよ。ティア、よろしくね」
ルベリアはティアの変身を待った。
「わかったよリーベ、もうじきだ」
レムレスが大聖堂の中央付近まで来た。後列の一般市民の列を抜け、国教会の司祭たちが並ぶ列に差し掛かった。
「ティア、今よ!」
ルベリアの合図と共に、ティアはその身を竜へと戻した。即座に飛び上がったティアは大聖堂内を飛び回った。
「竜だ!」
一般市民は突然現れたティアに驚き、後方の出口へ殺到した。聖騎士も前列の参列者も振り向いてティアの姿に衝撃を受けているようだった。
ルベリアは呆気にとられる一同の隙をついて、一気にレムレスに詰め寄った。
「貴様! 何者だ!」
しかし、レムレスを取り囲む聖騎士に阻まれてルベリアは立ち止まらざるを得なかった。
「お久しぶりですね、殿下……いえ、陛下とお呼びするべきですか?」
ルベリアはフードをはずした。その顔を見て、聖騎士とレムレスは更に驚愕した。
「貴様……生きていたのか!」
「ふふ、貴方もセイサムと同じことを言うのね」
レムレスと聖騎士は、突然現れた竜と死んだはずの前聖女のどちらを見てよいかわからなくなっていた。
「聖女様だ!」
参列者たちはルベリアに気がつき、顔を青くした。
「聖女様は亡くなったのではなかったのか!?」
「でもあのお声は確かに聖女様だ!」
ルベリアは大聖堂の中心に立ち、レムレスとその後ろに控える新聖女を微笑みながら睨み付けた。
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